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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
幕間 とある勅任特務魔導官の一日
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皇紀五百六十八年 四月二十日 午前第五刻半
役宅内寝室 羽鳥守人


 羽鳥守人はかつての軍隊時代に叩き込まれた習慣を遵守し、まだ日が昇り切っていない午前第五刻半に目を覚ました。
もっとも、その光景を見た者が羽鳥守人に軍役の経験があると判断するのは難しいだろう。もそもそと手探りの末に見つけた度の弱い眼鏡をかけたその顔は文士か教師と言った方が似合う風貌であったし、部屋も生活の場では無く古本の保存庫として扱っているのかと思わせる様相を呈している。人によってはひょっとしたら主計将校であるのかと考えるかもしれない程に武人然としてものは彼自身にも生活の場にも感じられない。六年前まで〈皇国〉陸軍の銃兵将校――それも前線で鋭剣を振るい陸軍野戦銃兵章を授与されている猛者であった――など信じられないだろう。
 羽鳥は、そのような事は意に介さずに自分なりの秩序で積み上げた古本の山を乱さずに朝飯を済ませ冷めかけの黒茶を呷り、羽鳥は独り身の虚しさを感じながら厨房で皿を洗う。
 そして買ったものの封も切っていない高級酒の水晶瓶の数を数え――溜息をつく。
 ――増えている。
酒はこの男の数少ない楽しみであるが近頃はそれを楽しむ時間もない。
「畜生め、一度物騒な世間になったらこの様だ。
これでは当分、酒を飲めんな。軍に呼び戻される事も想定しなければならんか」
 ぶつぶつと独り言を呟きながら連日の激務による疲労が抜け切らない目を擦り、眼鏡を掛けなおす。
 羽鳥守人は現在、皇室魔導院で勅任二等特務魔導官の座についている。
もっとも、名称こそ魔導の文字が付いているが、羽鳥の額には魔導士の証である銀盤は無い。
 これには相応の紆余曲折の歴史がある。
そもそも〈皇国〉の歴史に通ずる者たちの間で知られている皇室魔導院の原型は皇家の下で部省体制の国家だった時代に導術士達は導部と言われる組織にて占いの様な事を行っていた。
そして、諸将家が〈皇国〉の覇権を争っていた時代に衰退しつつあった皇家が戦火の中で爆発的に増加した導術士の需要に目をつけ、将家達から資金を得る為に魔導師範学校を創った。この師範学校は〈皇国〉の古都であり現在も(名目上は)皇家の治める故府に現存しており、今も一般的には皇室魔導院の前身として語られている。
 やがて五将家が内地及び西領の覇権を確立し、東海列州をも平らげようとしていた時、導術士達はその異端の能力、それに必然的に付随する情報通信を介した工作を疑われ五将家に徹底的に駆り立て、主だった導術士の勢力が全て戮滅された。後世では滅魔亡導と言われるこの粛清は明らかに将家側の過剰反応であったが、当時はそれ故に徹底しており、生き残りの導術士達は皇家の庇護を求め嘗ての学び舎であった故府へと逃げ込み皇家は伝統を尊重し、それを受け入れた。
 そして、僅か三百名にま
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