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碧い銀河
自由惑星同盟、アーサー・リンチ少将
エル・ファシルの敗将

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 宇宙暦788年、弱冠21歳の青年が歴史に名を刻んだ。
 エル・ファシルの英雄、ヤン・ウェンリー中尉である。
 流星群を模し帝国軍の監視を欺いた機転、常識の盲点を突く慧眼は絶賛された。
 丸腰の輸送船団、民間人300万前後が窮地を脱し犠牲者は無い。

 対照的に警備艦隊の指揮官、アーサー・リンチ少将の名は汚泥に塗れている。
 後方勤務と前線を問わず実績を積み重ね、上司の期待も得ていたのだが。
 恐慌状態に陥り、判断を誤った。
 彼の補佐役、幕僚達の責任も問われて然るべきだが。
 リンチ少将の他には誰一人、糾弾されていない。

「リンチ少将の失態を認め軍の威信失墜、市民の誹謗中傷が増す事態は避けたい。
 帝国軍を拘束する囮となり、注意を惹き続けた側面は否定できないだろう。
 怯懦の故ではなく、民間人を護る為と解釈し得えないものか?
 低速で無防備の輸送船を援護す為、正反対の方角で突破を試みた。
 民間人保護の為に戦い、時間を稼ぎ、力尽きた後に捕虜となった解釈も成立し得る。
 軍の名誉を護る様、複数の情報筋から噂を流してはどうか」

 ドワイト・グリーンヒル中将は良識派と評され、耳を傾ける者も多い。
 士官学校在学中、2年先輩の実務家が後輩の救助を試みた。
 自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)首脳、軍上層部も敵の宣伝活動を怖れた。
 アーサー・リンチ少将以下、警備艦隊司令部は帝国軍の捕虜となっている。
 帝国側の情報部が乗組員の家族を煽り、選挙干渉の悪夢は耐え難い。

 国防委員長も真実を匿す為に捕虜交換、関係者は総て帰還の道を探る。
 フェザーン自治領(ラント)が動き、依頼を請け負った。
 多額の賄賂が複数の貴族の懐に流れ込み、捕虜収容所に駆逐艦が着陸する。
 エル・ファシル警備艦隊の関係者は数日後、同盟軍所属の特務艦に移された。
 捏造された噂を補強、真実と証言を誓った事は言うまでもない。
 リンチ少将は帰還の後に直接、嘗ての部下に詫びた。

「ヤン・ウェンリー少佐、誠に申し訳なかった。
 貴官は警備艦隊司令部、全員の名誉を護ってくれただけではない。
 何の罪も無い妻、子供達も救ってくれた事に感謝する」
 失態を隠す為の欺瞞は妻、子供のみならず部下達の縁者も護った。
 遠い親戚も含め数多の家庭が隣人達の誹謗中傷、心無い嘲弄、侮蔑を免れている。

「エル・ファシル宙域に艦隊が留まれば、私も捕虜になっていました。
 速度と戦闘力兼備の有力艦に帝国軍が気を取られた為、脱出可能となったのです。
 私は事前通告の無かった点を指摘せず、沈黙を守ったに過ぎません」
 頼りない外見の青年が穏やかに微笑み、リンチ少将は深々と頭を下げた。
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