暁 〜小説投稿サイト〜
気まぐれ短編集
ミストラル 
[2/2]

[9] 最初 [1]後書き [2]次話
トンと風車の規則正しい音が、時計の時を刻む音に似ていた。目の前には大きな大きな風車内部の羽根が、回っていた。
 それはどことなく幻想的で、美しくって。
 僕は夢遊病者のように、ふらふらと一歩前に進み出た。
 でも、たどり着いたそこは整備用スペースで、転落防止の柵なんてなかったんだよね。

 僕は進み、あの子にぶつかり。

 前にいたあの子はそのまま転落した。

 回り続ける羽根の中に。

 あっ、と思ったときはすでに遅かった。

 僕は止まった。けれど、あの子は止まれなかった。

 あの子は回り続ける羽根の中に落ちて。

 あ、と小さく呟いて。

 悲鳴すら上げずに。

 その頭がすり潰されて、真っ赤なトマトジュースになって。

 白いワンピースに、赤い花が咲いた。

 その一部始終を、僕は淡々と見ていた。

 怖くはなかった、血を見てもなんとも思わなかった。

 ただ残ったのは、空虚。

 そして、鈍く光る後悔。

 あの子は死んでしまったのだと、心に焼きつけられた現実。

 それだけだったんだ。

  ◆

 こうして「ミストラル」はいなくなった。自由な風はいなくなった。

 でも、不思議だよね。また巡ってきたあの子がいなくなった日に。

――風が吹く。

「ミストラル」と呼ばれた風が吹くんだ。
 怨嗟の響きを乗せて、風は僕に恨み言をぶつける。

 ねぇ、シオン。大好きだったのに。
 どうして私を殺したんですか――?

 僕はそれに応える言葉を持たないから。
 だってそもそも。僕が「風車を上ろう」なんて言わなければよかった話なんだから。
 僕は悲しみの風の中、作り終わったばかりの籠にたくさんの「シオン」の花を詰めて。地面にそっと置いて。
 送り出す。
 去年は「ミストラル」は吹かなかったけれど。
 これが僕の恒例行事。
 「ミストラル」を、風のようだったあの子を、僕の過ちで死なせてしまったあの子を、あの子の魂を、怨嗟の思いを。死者の世界に送り出すための恒例行事だ。
 思いを込めて、地面に置いた籠。
 刹那、突風が吹きすぎて、シオンの花だけをさらって行った。

 ビョォォォォォオオオオオオオオオオオ。

 風が吹く。
 ああ、「ミストラル」が泣いている。
 この償いはきっと、永遠に続くのだろう。

 ――そして僕は毎年。彼女の嘆きを見るのだろう。

[9] 最初 [1]後書き [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ