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42部分:エリザベートの記憶その二十
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エリザベートの記憶その二十

「傷は深くはない、大丈夫だ」
「いえ、私にはわかります」
 だが彼女はそれを否定した。
「自分のことは。今の私は」
「気をしっかりと持つんだ」
 タンホイザーはまだ諦めなかった。
「もうすぐ医者が来る。そして」
「いえ、無駄です」
 ゆっくりと首を横に振ってそれを否定する。
「もう」
「馬鹿な、そんな筈が」
「公爵、悪いが」
 ジークフリートも彼に声をかけた。
「その傷では」
「そんなことはない」
 しかしタンホイザーは彼の言葉も否定する。
「やっとまた会えたのだ。それなのに」
「わかるんだ」
 ジークフリートはそれでも言った。
「もう。手遅れだ」
「クッ・・・・・・」
 ここまで言われてようやく認めた。認めたくはなかったが認めるしかなかった。
「最後にお話しておくことがあります」
「何だい?」
 タンホイザーは優しい声で妻に問うた。これが最後だと認めたからである。
「私は。本来はここにいるべきではなかったのです」
「どういうことだ」
「私は造られた命でした」
「人造生命だったのか」
「はい。クリングゾル=フォン=ニーベルングにより造られた」
 今にも消え入りそうな声で語る。
「彼の妻となる為に造り出されたのです。側にいる為に」
「何故御前を造る必要があったのだ」
 タンホイザーは問う。
「妻なぞ。幾らでもいるだろうに」
「私でなければならなかったのです」
「何故だ?」
「それは彼が。人と交わることができないから」
「人と?」
「はい」
 彼女は答えた。
「つまりあの男は男であって男でないのか」
 ジークフリートはそれを聞いて言った。
「男ではない。まさか」
「そうだ、わかるな」
 それ以上は言おうとはしなかった。だがそれだけで充分わかった。
「だから私を。妻にする為に造り出したのです」
「そうだったのか」
「しかし私はあの男のところから去りました。もう一人の私の声に従い」
「もう一人の私!?」
「はい。それは・・・・・・」
 だがここで言葉が途切れた。
「ヴェーヌス!」
「公爵様、ラインゴールドへ」
 彼女は最後の力を振り絞って言った。
「ラインゴールドへ」
「はい。そこで貴方を待っておられる方が。その方に御会いして」
 顔がさらに白くなった。それが彼女が間も無く死ぬということを何よりも雄弁に物語っていた。
「一体誰が」
「それはそこで・・・・・・うっ」
 血を吐いた。それでタンホイザーの軍服も血に塗れた。だがタンホイザーはそれに構わなかった。
「これで・・・・・・」
 それが最後の言葉であった。ヴェーヌスの頭が落ちた。こうして彼女はこの世を去ったのであった。
「公爵」
「わかっている」
 
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