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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第六十七話まつりの仮面は何に憑く
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「わ、私は、ふ、ふりまわ‥‥‥」
 茜の視線から逃げてしまう。どこかで分かっていたことだ。
奥底で抱えていたものを口に出されたのだ、怒り狂うか受け止めるかくらいしか道はないだろう。

「貴方は皇都から離れた時にそれを弁えていた筈ですが――死人に揺さぶられましたか。」

「‥‥‥」
 茜の目を見返す、古池のような深い色の目が自分を見つめていた。
 ――あぁそうか、“そういう事”にしてもよいのか。そう言ってしまっても良いのか。言ってはならない、駄目だと縛っていたのに。畜生ここで言ってしまわねば正真正銘の愚か者のままだ。
 不安の炎が背筋を冷やし、胸を早鐘のように鳴らす。酷く喉が渇いた。物を捨てるどころか抱えた荷物を一時おろす事すら忘れたが故であった。

「上官であった人に、“後を頼む”、といわれました。部下であった者に“あなたのように正しくはあればい”、といわれました。“つかれていた”のだと思います」
 誰かのせいにしてはいけないと思っていたが――あぁくそ、政治屋面しても所詮はこの様とでもいうのか。

「考えすぎです、表だけ気の抜きどころを心得たふりをしてもそれではもちませんよ」

「――うぅ」

 時折心を読まれているのではないか、と思わせるほどに彼女は自分の内面を時折容赦なく引きずり出す。
 ――というよりもズルズルと自分で吐き出すようにしているのだろう――甘えているのかもしれない。まったくどうして俺の周りは皆こうなのだろう。
 羞恥の念に焼かれながらも――肩が軽くなった気がした。

「どうにも、どうにもいつも情けない有様ですね、許嫁なのに」

「だからこそ、といってくれれば満点なのですけどね」
 茜はそういって笑った。
「私の前でそうしてくれるから貴方を信じられるのですよ」

「それはまぁなんとも――」
 豊久もまた声をあげて笑った。どうであれここまで醜態を見せ続けている以上、彼女を信用するしかない。
 どのような賢しらに天下のまつりで踊ろうというのなら、主家すらもただの踊りの相手にしようというのならば、無様を見せても良いひとを一人は自分で見つけられたと思っていいだろう。
 ――弱音を知れば知るほど手綱を握りやすくできるからかしらん、と一瞬脳裏に浮かんだ思いをそっと心の棚の上に放り投げながら。

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