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Raison d'etre
二章 ペンフィールドのホムンクルス
11話 望月麗(3)
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うだった。
「……あの。私良い休憩場所知ってるんです。ついてきてもらっていいですか?」
 どの店にしようか悩んでいる優に麗が助け舟を出す。
 優は、任せるよ、と頷いた。
「こっちです」
 麗がぎこちない動きで優の手を握り、歩き出す。
 夕暮れの涼やかな風が麗の長いツインテールをたなびかせ、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「麗ちゃんはこの辺りによく来るの?」
 歩き慣れた様子の麗に、疑問を投げ掛ける。
「割りと」
「もしかして地元だったり?」
「いえ」
「じゃあ、入隊してから良く来てるのかな」
「ですね」
 どこか上の空のような麗の返答に優は首を傾げた。
 少し歩調をあげ、麗の顔を遠慮がちにのぞきこむ。夕陽に照らされた麗の幼い瞳は憂いを帯び、どこか大人びているように見えて、優は少しドキりとした。二つ年下とは思えない雰囲気だった。
 何となく声をかけるのが憚れて、黙りこむ。
 風に揺れる麗のツインテールをぼんやりと眺め、優は麗の小さい歩調に合わせて歩き続けた。
 遠くからサイレンの音が響く。
 赤く染まった景色と、使い古されたサイレンの音が妙にノスタルジックな気分を思い起こさせた。
 ふと、古い記憶が蘇る。似たようなサイレンが響く中、血のように真っ赤な夕陽が差し込む部屋で、母が泣いていた気がする。
 響くサイレンの音と、外の喧騒に幼い頃の優は怯えていた。母は優の不安を和らげようとするように優しく抱いて、大丈夫だから、と何度も囁いてくれたものだ。
 しかし、優しく抱き締めてくれた母の細い腕も恐怖に震えていた事を優はしっかりと覚えている。
 今思えば、あの『大丈夫』という言葉は優に向けられたものではなく、自分自身に言い聞かせる為のものだったのではないかと思う。だから、私はあの時――――私は――?
 鋭い痛みが頭を走った。
 私、とは誰だ?
 そもそも、これは一体何歳の頃の記憶だろうか。
 記憶の向こうで鳴り響くサイレンは何だ。
 亡霊の襲来を示す避難サイレンだろうか。
 思い出せない。
 頭の中が混濁している。
 遠い過去の記憶は靄がかかったように不明瞭で、曖昧に満ちたものだった。
「先輩」
 麗の声がした。
 優の意識は思考の海から現実へと急浮上していった。
 きらびやかなネオンの光が視界を覆う。
 知らない場所だった。
 テレポーテーションをしたような不思議な感覚に一瞬だけ襲われる。
 一体どれくらい歩いたのだろう。
 目の前には、麗の顔があった。
 その瞳は、不安そうに揺れている。
「桜井先輩」
 彼女はもう一度、優の名前を呼んだ。
 繋いた麗の手が若干汗ばんでいることにそこで初めて気付く。

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