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Raison d'etre
一章 救世主
2話 篠原華
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それとは恐ろしく異なるのかもしれない。
 全滅を辞さない亡霊に対し、逆に特殊戦術中隊──更に言えば亡霊対策室は一人の犠牲者も出すことが許されない。未成年ばかりで構成され、なおかつ少数で構成された特殊戦術中隊にとって、一人の死がもたらす影響は物理的にも、精神的にも計り知れない。戦術的敗北が戦略的敗北に直結する恐れさえある。奈々は経験的にそれを嫌というほど知っていた。
 しかし、今回は大きな被害が出ずに済んだようだった。亡霊は既に残り四体。間もなく戦闘は終わりを迎えるだろう。だが、闘争は終わらない。これが終わっても仮初の一時的な平和が流れるだけだ。また近いうちに白流島から亡霊が飛びだし、亡霊対策室はそれの対応に追われる。何度も何度も繰り返してきたことだ。そしてこれからも。いつ、この戦いの連鎖は終わりを迎えるのだろうか。それを思うと、気分が沈む。
「司令、気分がすぐれないように見えますが、大丈夫ですか?」
 副司令、長井加奈の言葉に、奈々は顔を強張らせた。
「いえ……」
 言葉を濁す奈々に加奈が笑いかける。
「心配、ですか?」
「……ええ」
 加奈は鋭い。何年も横にいるだけある。奈々は諦めたように頷いた。
「正直焦ってる。いくら戦術的勝利を重ねても、戦略的勝利には近づけない。このままじゃ、亡霊には勝てない。この闘争は一体いつまで続くのかしら…」
「攻めるだけの戦力ができるまで待つしかありません。そしてそれは遠くない未来かもしれませんよ」
 奈々はその言葉に顔をあげた。
「彼、は何かのきっかけになると思います」
 そういって、加奈は中継映像を見やった。ディスプレイにはまだ幼さを残す唯一の少年が映っている。桜井優、史上初の男性ESP能力者。
 奈々はさきほどの戦闘を思い出し、頷いた。 
 その時、ESPレーダーから全ての反応が消えた。思考を切り換える。
「亡霊群の殲滅を確認。これより帰投しなさい」
 中継映像に歓声をあげる少女たちの姿が映る。それを見て、奈々は頬を緩めた。
 確かに戦争は続く。際限ない戦闘を経て、少女たちは傷ついていくだろう。しかし、奈々はその少女たちを守れる立場にある。それは喜ぶべきことだ。自らの手で、運命に干渉できる。それは素晴らしいことだ。
 第一小隊、第二小隊を合わせた六十四名が綺麗に隊列を組んで、空をいく。
 負傷者二十二人。死者〇人。戦いが終わり、仮初の平和が訪れる。そして、この戦いが後に救世主と呼ばれる桜井優の最初の小さな一歩となった。

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