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呪われた玉手箱
呪われた玉手箱
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[1] 最後
 
 一話

 これは私が、関西から鳥取市に転勤した時の話である。
 秋も一層深まったある日、カイロを背中に入れ温かい耳当て付の帽子を被り、防寒着を着こみ釣り用の革手袋で完全武装して、一人で「酒の津港」に行った。二十〜三十センチ級のサヨリを釣ろうと思い、平坦な防波堤の先端まで行った。その前十メートル位に、漁船が行き来する海道があった。
 風が強く吹き晒しの防波堤で、カーボンで出来た軽い五.四メートルの長竿を、肩に担いでいた竿ケースから出す。小型リールに細長くて感度の良い三十センチの一号浮きを付ける。市販のサヨリ針を水面下二十五センチにセットして、わずか当りを五分位待っただけで、三十センチオーバーのサヨリを、二十匹程立て続けに釣り上げた。餌は、冷凍アミエビを使ったが、半解凍にしたアミエビを一匹だけ上手くハリに付けるのは、毎度の事ながら辛気臭い作業だ。
 あんなにも入れ食い状態だったのに、その後二時間程、浮きに全然変化がない。サヨリの群れが去ってしまい、また回遊して来る機会まで、昼食タイムにしょうとタッパーウェアを開けた。塩コンブや鮭フレークが入った妻自慢のおにぎりと、お茶ではなくミスマッチの冷めてしまった缶コーヒーを立て続けに三本半……やけ気味に無理して喉に流し込んだ。一気に、寒気が身体じゅうを支配して、ブルブルと全身に震えが生じた。こんなに寒いのにバカな事をした、と後悔したがあとの祭りだ。
 いつ回遊して来るかも知れないサヨリをあきらめて、投げ竿四.五メートルに替え、漁船の通り道の真下を選んだ。そこにいるだろう五十センチメートル以上の「年無しチヌ」を狙う事にしたのだ。オモリ三十号、一.五メートルのハリスにがん玉を付け、鯛バリ十三号に太いアオムシを房掛けにして投げた。竿先に軽やかな音色のする鈴を付け、防波堤で出来るだけ体熱を奪われないように体を丸めて、ウト、ウト……居眠りをしていた。
 その時だった。
 大きな鈴音が、私が見ていた楽しい夢から、寒風吹きすさぶ現実に戻したのだ。
 四.五メートルの太い竿は、頭を大きく上下させている。きっと大物を釣ったと思い、はやる気持ちを抑えて、慎重にリールを巻き始めた。道糸四号が切れそうな程の強いしめこみに、五十センチオーバーのチヌに違いないと胸をワクワクさせながら、右手でゆっくりと竿をあおってリールを巻き、左手で五・四メートル伸びるカーボン製タモを出し、釣り上げる用意を万端にして、決定的瞬間を待った。
 しかし、私の膨張した期待を見事に裏切る結果だった。なぜなら、タモですくったのはチヌでもなく、いわんや、魚でもなかったのだ。
 縦、横、高さ 三十センチ程の、藤壺≪ふじつぼ≫がびっしり付着した薄汚い正立方体の古い木箱だ。開閉用扉が、まるで魚の口のように針をくわえていた。しかも、木箱がなおもタモの中で暴れ
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