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提督はただ一度唱和する
白にはなれない
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許されていなかった。彼女は軍属であり、下士官としての待遇が与えられている。彼女は兵士だった。どのような意見があろうとも、彼女への“指導”は妥当なものだった。新城に出来ることは、とりとめのない事を考えながら、虚空を睨みつけることだけであった。
「もう一度試せ。繋がるまで何度でもだ!」
 傍らの千早がのどを鳴らす。新城は額を揉んでやった。これ以上の問題はごめんだった。剥き出しになった牙のうえに被った口唇を、更に捲れ上げている。彼女は子供に優しい猫だ。まさか上官に飛びかかるとは思わないが、種族柄率直な態度が上官の不興を買わないとも限らなかった。事実、上官の目が新城に向けられる。
「何か? 新城中尉」
「はい、若菜大尉。御報告申し上げたいことが」
 若菜の顔が歪んだ。斥候に出した小隊。その指揮官が自らやってきたのだ。誰だって楽しい気分にはなれないだろう。敗走の最中、それも中隊単独でとなれば尚更だ。加えて、彼らを追い立てるモノは人を喰うバケモノである。新城自身、出来れば共有したかった。そういうわけにもいかなかったが。
「敵です。僕の猫が見つけました。北北西、側道上です」
 彼女が一礼して身を翻していくのを横目に、彼は報告した。若菜の視線が、その背中に突き刺さった。だからというわけでもないだろうが、彼女はふらついた足取りで集団の片隅に紛れていった。千早を含めた何匹かの猫が、それを気にする様子を見せた。新城は素早く続けた。
「あと一時間もしないうちに確認できるでしょう。おそらく駆逐艦です」
 背後で悲鳴と鳴き声が聞こえた。兵どもの笑い声もだ。若菜の顔がますます歪む。どちらの理由だろう、新城はどこか呑気な気分で考えた。積み重なっていく厄介事から目をそらそうと、努力していた。そうすれば、雪のように溶けてなくならないものかと願いながら。
 当然、無理な話だ。北海道の冬の寒さの中で、視界に映るのは雪ばかりだった。溶けるのを待つ間、生きていられる自信はなかった。
「いかがなさいますか?」
 若菜からの返事はなかった。小さな呻き声とともに項垂れ、「どうしてこんなことに」と小さく呟いた。
 新城はむしろ感心した。この状況で、そのような贅沢の出来る余裕など自分のどこを探しても見つけられなかったからだ。大体からして、自業自得だ。どうして自分がこんなにも苦労していることを、他人はこうも容易くなせるのであろうか。
 それについて想いを馳せることは、大いなる誘惑だったが、新城には任務があった。指揮官が半ば、それを放棄したとなればなおさらだった。
 取りあえずの問題はなんだろう。自分の背後で猫どもに蹂躙されているものを無視すれば、それは明らかだった。
 我々は敗亡の最中にいる。
 新城はそれを食い止めねばならなかった。
 少なくとも、自分の目が届く範囲に置いては
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