第110話 着鎧甲冑のお仕事
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電気ショック完了。タダチニ胸骨圧迫ト人工呼吸ヲ行ッテクダサイ』
「あ、はい」
――などというあらぬ妄想に耽る余裕なんて、俺にはないはず。何をやってるんだよ、俺は。
久水人形に向けて放たれる、電極パッドを介した電流。その影響により、筋肉の痙攣を示すように人形の身体が跳ね上がった。
その反応と共にAEDの人工呼吸から指示が入り、俺の意識は現実へと引き戻される。あまりにも切羽詰まった状況に立たされたせいで、無意識のうちに妄想で気を紛らわせようとしていたのだろうか。
……なんにせよ、勝負はまだ着いちゃいないはず。同じ土俵まで追いついたからには、ここから先は絶対に譲れないッ!
俺は両膝立ちの体勢で久水人形を見下ろし、超巨大山脈に挟まれた麓――すなわち胸の谷間に、パーに開いた左手を乗せる。続いて、その左手に重ねるように、右手で左手の甲を握り締めた。
この形から、垂直に圧迫を続ける。胸骨圧迫の開始だ。
圧迫する深さについては、少なくとも五センチ以上くらいでなくてはならない、と救芽井に教わったことがある。それ以下の深さでは、胸骨圧迫の効果としては不足してしまうのだそうだ。
一般人の体力で五センチ以上も押し込むのは困難であり、よほど鍛えているレスキュー隊員でもなければ、要求された分だけの圧迫をこなすのは難しい。だが、着鎧甲冑のパワーを以ってすれば、こんな力仕事はお茶の子さいさいなのだ。
……とは言っても、なんの心配事もない、というわけではない。
やり方をミスれば、肋骨を折ってしまうかも知れない。しかし、それを恐れて力を抜けば、心肺蘇生法としての効能は半減してしまう。その力加減という課題が、どうしても付き纏うのだ。
一般人の胸骨圧迫でも、老人が相手なら力次第で肋骨なんてヘシ折れてしまう。ましてや、こっちは超人的パワーを持つ着鎧甲冑を着込んでいるんだ。相手が健全な成人であるとは言え、加減を僅かに誤れば、最悪の事態に至らないとも限らない。
それだけでも相当なプレッシャーだというのに、当のお相手が久水だとはね……。
全く、所長さんもとんだ無茶振りをやってくれたもんだ……! これで焦るなってのが無理な話――
『あなた方は、呑まれてはならないのです』
『やることは何一つ変わらないのですから』
――ッ!
……あぁ、そうだったよな。
誰が相手だって、救わなきゃなんないのは一緒。「着鎧甲冑の仕事」ってのは、そういうもんなんだから……。
――だから、こんなことでいちいちッ……!
「悩んでちゃ、いられないよ……なッ!」
俺は悩み抜いた末に来る、何かもかもが吹っ切れたような感覚に襲われると、一際強く胸を押し込んでいた。あの娘にエール貰っといて、あの娘の姿に惑わされて負けたん
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