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小細工
第六章
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「金で心を打ったからじゃろうな」
「巨人の大金の前に屈したからですか」
「人は心じゃ」
 よく言われているこの言葉もだ。老人は言う。
「野球人も同じ。心を金で売ってはいかん」
「巨人はよく言われてますけれど」
「実際の提示以上の金を出しとるそうじゃな」
「その話は本当ですかね」
 確かな証拠はないと言うべきだろうか。そうしたことがあったという報道もあるにはある。だがそれが確かだと断言することは僕にはできなかった。
 それで即座に言うことは避けた。それでこう言ったのである。
「だとしたら物凄い額を使ってますよね」
「そうじゃな。その場合はな」
「それで本当に出しているとしたら」
「問題であるしのう」
「相当な金を出してますね。表であれですから」 
 億単位の金が動いている。よくもそれだけ出せると思うがマスコミがそれだけ儲かっていたということか。今ではどの新聞社も赤字らしいが。
「やっぱり」
「少なくとも目の前に積まれるか小切手を出されてごくり、となる程じゃろうな」
「それで巨人に入るんですね、皆」
「金に心を売ってな」
 老人は忌々しげに述べた。
「それでじゃ」
「そしてそれ故にですね」
「そうじゃ。絶頂期から落ちると共に」
 金、一生遊べるだけの金を貰ったが故に。
「野球選手として堕落して」
「ああなるのじゃ」
 老人はベンチで項垂れるだけの小笠原を見ながら冷たく言った。
 試合は進んでいく。阪神はこの試合では有利に進め遂に九回表、巨人の最後の攻撃を迎えた。
 ツーアウトまで取り打席に立つのは村田だ。その彼だ。
 今村田は確かに絶頂期だ。しかし今日はヒットを一つも打っていない。老人はその彼も冷たく見ながらそのうえでこう言ったのだった。
「この打席がこれからのあいつじゃ」
「それを見せることになると」
「そうじゃ。今日は打っておらんが村田は今年調子がよいのう」
「優勝を知りたくて巨人に入ったって言ってますけれどね」
「そんなのは横浜を強くしてから言うべきじゃった」
 正論だった。まさに。
 横浜は確かに弱い、しかし真の野球人ならばその弱いチームを引っ張り強くするべきなのだ。村田にはその発想はなかった。持つこともなかった。
 その彼を見ながらだ。老人は言うのである。
「その答えが今出るわ」
「スラッガーになるかそれとも」
「巨人に入った連中の後を追うかがですね」
「わかる。見ておくのじゃ」
「わかりました」
 僕は老人の言葉に頷いた。そのうえでだ。
 村田の打席を見る。藤川の豪腕が唸る。
 一五五キロに達するストレートが唸り声を挙げ村田に襲い掛かる。村田は身動きすらできなかった。

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