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苦渋
第四章
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「お読み下さい」
「ご自身で確かめてはいないのですか?」
「そうしたことは」
「しません」 
 していないのではなかった。しなかったのだ。
「貴方達への遺書ですので」
「だからですか」
「それでだというのですか」
「そうです」
 まさにその通りだと答える。
「ですから。どうぞ」
「わかりました。それでは」
 園長が彼等を代表して受け取る。それを見届けてからだった。
 工藤は彼等の前を後にした。遺書の中身を問うことはそれからもなかった。
 戦争が終わり暫くして動物達の慰霊碑が建った。工藤は軍の解体から一時期故郷で農業をしていたが警察予備隊設立と共にそこに入った。
 それから暫くしてのことだった。ある年の八月十五日のことだ。
 工藤が靖国神社に戦死した同期や部下達、無論中佐の為に参拝した時にだ。その鳥居のところであの動物園の園長に会った。これには彼も驚いて。
 それですぐに園長に尋ねた。尋ねずにはいられなかった。
「あの、何故ですか?」
「参拝のことですか」
「はい。貴方も動物園の動物達も」
「被害者だというのですね」
「そうではないのですか?」
 怪訝な顔で園長に尋ねる。
「そうではないのですか?」
「いえ」
「いえとは?」
「私は。私達はあれから中佐の遺書を見ました」
 園長が話すのはこのことからだった。
「そしてなのです」
「中佐の遺書ですか」
「内容をお話しましょうか」
 延長は工藤のその今も強く確かな光を放つ目を見ながら言った。
「そのことを」
「それは」
「お止めになられますか」
「あの遺書は中佐のお心です」
 工藤が考えるのはこのことからだった。
「そのお心を思いますと」
「聞けないと」
「はい」
 その通りだというのだ。
「ですから」
「そうですか。しかし」
 それでもだとだ。ここで園長は工藤に言った。
「そのお心を知ってです」
「貴方はここに来られたのですか」
「あの戦争は避けられないものだったと思います」
 園長はあの戦争についても話した。
「そしてその中において動物達は殉じ」
「中佐もですか」
「貴方が内容をお聞きになられないならそれでいいです」
 園長も彼の心を受け取り述べる。
「しかしそれでもです」
「それでもですか」
「中佐は私達に。動物にも詫びておられました」
 遺書の内容はここまでしか言わなかった。
「そのことはご存知下さい」
「そうですか」
 これで工藤もわかった。それでだった。
 彼は澄んだ、何処までも清らかな微笑みになりそのうえで園長に答えた。
「私が言えた義理ではないですが」

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