第二章 【Nameless Immortal】
参 振り下ろされた兆し
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父に該当する大人は不器用な人だった、と思う。家に常にいたわけでは無い。お金の扱いが得意では無く、よくその事で問題が起きていた。
言い争いの声を聞くのは嫌いだった。自分にかかる費用を切り捨てて欲しいと願った事もある。
それでも、怪我した自分の肌に薬を塗り、包帯を巻いてくれることもあって、決して嫌いでは無かった。
武芸者であるという事で、期待を向けられたことも多かった。
寧ろ今思えば、自分は誰かを嫌いになったことなど無かったように思う。
どんな理由であれ、どんな思いであれ。その理由が他者には分からずとも、誰も一生懸命に生きている。
少なくとも物質的に満ち足りた生活、という環境からきっと遠かっただろう自分は、多くの例を見て知識があった。
それに加え、血か本能か、性根の問題もあったのだろう。
何をされても、どんな状況にあっても、不思議なほどに、誰かを憎もうと思えなかった。
家族以外から憐れみを受けた事もある。
普通というものがどういうものか分からなかった。同年代の友人という存在は遠くのものだった。
けれど少なくともこの場所から逃げたいと思ったことなど一度も無かった。
武芸者としての鍛錬を積む中で、ずっと心が辛かった。
前に進めている気がしなくて、期待に応えられる気がしなくて悲しかった。
悲しげな瞳が自分を見つめるのにただただ不甲斐なさを感じた。
皮膚が裂け、血が流れ、骨に罅を入れ、涙を枯らせ。それでも願いは酷く遠い。
遅々として進まぬ、その場で足踏みを続けている様な焦燥感が身を焦がした。
だからだろう。初めて嫌いになった相手は『自分』だった。
長く成長の見られぬまま歳月が経った、自分の歳が十になる前のある日の事。
今にも泣きそうな母に告げられた。
自分の剄脈に病があることを。それが武芸者としての成長を阻害していると。
その日から、治療が始まった。
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