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ドリトル先生と沖縄の蛇達
第一幕その七

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「それでもだよ」
「いい宗教で」
「そう、それを学ぶことはね」
「いいことだね」
「そうだよ」
 まさにというのです。
「キリスト教徒でなくても」
「学ぶべきだね」
「そう考えているよ」
「聖書を読んで」
「学ぶんだ」
「そこからかな」
「神学はね、そこからはじまって」
 そしてというのです。
「常に聖書に戻るんだ」
「聖書が基礎なんだね」
「神学はね」
「聖書を何度も読むんだ」
「宗教学はその宗教の聖典をね」
「まず読むんだね」
「これはどの宗教でも同じだよ」
 キリスト教に限らずというのです。
「仏教もヒンズー教も、そして」
「イスラム教もだね」
「僕はコーランも読んだよ」
 イスラム教の聖典もというのです。
「それもアラビア語でね」
「ああ、先生アラビア語もわかるからね」
「だからね」
「原典で読んだんだ」
「そうもしてみたんだ」
「英語でも読んでるよね」
「それと共にね」
 まさにというのです。
「そうしても読んできたよ」
「アラビア語で」
「例えば天理教の教典も」
 こちらの宗教についてもというのです。
「日本語でも読んでいるよ」
「ああ、そういえば研究室にあったね」 
 王子もふと気付きました。
「コーランも天理教の教典も」
「どれもね」
「それも原語で」
「原語で読むとあらたにわかることもあるよ」
「英語で読むこととは別に」
「仏教のお経でもそうだよ」
 こちらもというのです。
「漢字になっているのではなくね」
「まさかと思うけれど」
「仏教の原語だよ」
「あの昔のインドの言葉だね」
「サンスクリット語だよ」
 この言葉が昔のインドの言葉でした、それもお釈迦様がまだ生きていた頃の古い古い時代の言葉なのです。
「それで読んでもね」
「わかるんだ、というか」
「というか?」
「先生って昔の言葉も読めるからね」
 このことに驚く王子でした。
「凄いんだよね」
「いやいや、楽しんでいるだけだから」
「言語学についても」
「それだけだからね」
「凄くないんだ」
「僕は学んで楽しんでいるだけだよ」 
 あくまでというのです。
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