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百人一首
90部分:第九十首

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第九十首

                 第九十首  殷富門院大輔
 色は変わるもの。変わらないものではない。
 どうしてそのことに気付いたかというと。
 それはまず波を見て気付いたことだった。
 漁師達はいつも海に出ている。
 それでいつも波を浴びている。
 波で濡れていて潮の匂いがする。そうして濡れているのだけれど。
 それでもその袖の色までは変わらない。そこまでは変わりはしない。
 けれど自分の袖の色は変わってしまっている。
 涙で濡れていつも濡らしてしまった。
 そうして遂に色まで変わってしまった。波ですら色を変えないというのに涙は変えてしまった。
 どうしてそこまで泣いてしまったのか。自分でもうわかっていること。それは。
 逢いに来てくれないのだから。あの人は。それで恨んで涙を流しているから袖の色は変わってしまった。
 このいつもとめどなく流れている涙を今歌にした。それがこの歌。悲しみを込めた歌。

見せばやな 雄島のあまの 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変らず

 歌に詠ったこの悲しみ。歌にしても悲しみはそこに封じられはしない。余計にそれが増していくだけ。けれどその悲しみの中でも結局はあの人のことを想ってしまう。恨んではいても愛しているから。だから今日もあの人に逢いたいと思う。今日も来ないとわかっているのに。それでも思わざるを得ないのだった。


第九十首   完


                  2009・4・5

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