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口だけで
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第一章

                       口だけで
 中々言えない。本音はだ。
 それで困っていた。しかも一方だけではない。
 お互いがだ。困っていた。
「参った」
「言いたいのに」
 それぞれ言う。
「ここで言わないとな」
「どうしようもないのに」
「どうして言えないんだ?」
「言いたいのに」
 こう話してだった。どうしようもなかった。言いたくても言えない、どちらもである。言わなければいけない、しかしそれでもなのだった。
 男はだ。女に言いたかった。
 女もだ。男に言いたかった。
「ええと、ここで言ったら」
「あの人が」 
 頭の中ではわかっていた。
「よくなるけれど」
「どうなんだろう」
「言わないと」
「それでも」
 あたふたとなっていた。迷っていた。これもお互いである。
「言うのはどうかな」
「まずいんじゃないかしら」
「恥をかくのは向こうだし」
「それを考えたら」
 同じ考えになっていたのであった。
 その同じ考えのままだ。またお互いを見た。そうして再び見るとであった。また言わなければいけないのではないかとふつふつと思うのだった。
 それでだ。お互い言おうとした。しかしであった。
「やっぱりなあ」
「ちょっとね」
 迷いを見せるのであった。それぞれの中だけに。
「気分を悪くしたら」
「それで怒られたりしたら」 
「まずいからな」
「ちょっとね」
 こう言ってまたしても互いを見る。
 それでも動けない。いい加減まだるっこしくなってきた。
 それでタイミングを見計らうものが出て来た。しかしそれでもだ。
 言えない、二人共だ。どうしても。
 苦しくもなってきた。言えないからだ。それで辛さを感じてきた。
 男が先に言いそうになった。
「やっぱり・・・・・・」
 だが足が自然に止まってしまった。前に出そうになっても出ないのだ。とにかく言えない、しかも動けなくなってきた。
 女もだった。同じだった。
「どうしよう・・・・・・」
 表情に出た。困った顔になる。
 言えずに困ってだ。途方に暮れだした。
 それでも言わねばならない、このことが強迫観念になってきた。

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