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執務室の新人提督
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督の顔を見上げた。問うような眼差しは愛らしいもので、であるから提督は苦笑を浮かべて頭をかいた。
 
「あぁ、悪いねぇ。猫じゃらしでもあれば、もっと一緒に遊べるんだろうけれど……」

 と言って、提督は自身の周囲を確かめた。
 残念ながら、確りと清掃され整えられたこの鎮守府の中とあっては、あぁいった雑草などの発見は極めて難しい。
 提督としては、自身の腕の中にいる猫提督の猫らしい姿をもっと見たかった訳であるが、これは仕方ないかと首を横に振った。
 が、猫じゃらしこそ見つからなかったが、別の存在が提督の双眸に飛び込んできた。
 
「……あら、提督。オスカーちゃんと一緒に、どうされたんですか?」

 明石の酒保で扱っている袋を手にした、この鎮守府の古参の軽空母であり、守り手の一人にして居酒屋を営む鳳翔である。
 彼女は提督の傍――三歩前まで歩み寄ると提督の影を踏まぬように気を使いながら、問う眼差しを提督に向けた。
 こういった視線であれば提督でも理解できる。提督は笑顔で頷き、鳳翔もまた笑顔で胸を撫で下ろし提督の隣に腰を下ろした。
 季節は冬だ。二人は共に黒い軍用の外套を羽織っており、それが幽かに触れ合った。
 鳳翔なりの、精一杯の冒険であったが、提督はそれには気付かぬようで、自身の腕の中にいる猫をあやしながら鳳翔の言葉に返した。
 
「いやぁ、僕もちょっと気分転換で散歩中で……」
「あぁ、なるほど……」

 提督の言葉に、鳳翔は口元を手で隠しながら笑った。と、その目が一瞬あらぬ方向を見て小さく頷いた。龍驤と同等の索敵能力を持つ鳳翔である。
 であるから、彼女には提督の護衛としてついてきた艦娘の姿もはっきりと見えていた。これが一水戦旗艦の阿武隈であれば完全に気配も姿も消すであろうし、長波や夕雲、初霜島風響といったキスカ組であればそれなりに隠れたであろうが、鳳翔が見る今回の護衛役は、まだまだ甘いようであった。
 
 それにしても、と鳳翔はオスカーの背を撫でる提督を見た。
 部屋を出られるようになっても、未だ提督が長くを過ごすのはあの執務室である。であるはずなのだが、最近ではこうやって提督が様々な場所で見かけられる事が多くなった。
 彼は彼なりに、自身の目でこの鎮守府と艦娘達を見て回っているのだろうか、と鳳翔は提督の横顔に笑みを深めた。
 
 そうであるのなら、自身達は提督が見るに足る存在であり続けなければ、と考える鳳翔に、しかし提督は偶然であろうか、一言零した。
 
「そのままでいい」

 猫をあやす提督の目は、変わらずオスカーに向けられ、鳳翔には向けられていない。だが、その言葉はあまりに、鳳翔の決意に対する提督らしい言葉であった。
 鳳翔は笑みを消し提督へ顔を寄せ、ただただ問うような目で提督を見つめた。
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