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執務室の新人提督
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、寮の――艦娘達の管理くらい当たり前にやってみせるだろう。
 が、阿武隈は違ったようで、苦笑の色を濃くした。
 
「でも、当人はこれ以上面倒なんてみれないクマー、って」
「……ふむ」

 それもそうだ、と矢矧は頷いた。
 日常では個性派の妹達の面倒を見て、海上では武勲艦として護衛に哨戒に殲滅にと大忙しだ。それ以外でもやはり頼られる場面は多く、これ以上は無理と球磨は判断したのだろう。
 
「他にも、那珂とかー神通とかー、夜戦馬鹿とか、天龍も名前が挙がったんだけどぉ、皆阿賀野を推したのよねー」
「……その皆が?」
「そうよ?」

 この鎮守府における一から四までの各水雷戦隊の、そして遠征部隊を束ねる旗艦が阿賀野を推したという事実に、矢矧はなんとも言えない顔を見せた。
 姉が評価された事を喜び、その喜びを表に出すまいと抵抗し、そして日常を知るが故に何故だろうかと疑問に塗れた相の混じった、なんとも言えない顔だ。
 苦虫を噛んだ、という相であるなら、きっと矢矧は相当苦い虫を噛んだのだろう。
 
「日が浅いのに、阿賀野が一番皆の事を見ているから、阿賀野が良いって。長良姉さんも、阿賀野とよく話して決めたって」
「……」

 阿武隈の、その苦笑交じりの言葉に矢矧はやはりなんとも言えない相のまま、頷くでもなく否定するでもなく、ただ腕を組んで口をへの字に曲げた。
 矢矧が阿武隈に何か返そうとすると、食堂の扉が開かれた。自然そちらに視線を引かれた矢矧と阿武隈は、そこに笑顔の阿賀野、同じ様に笑う鬼怒、気だるげな多摩、眠たそうな川内を見た。
 彼女達も矢矧達に気付いたようで、手を上げてテーブルに歩み寄ってくる。
 鬼怒と阿賀野だけは、両手を上げて力瘤を作るようなポーズであったが。
 
 誰も彼も笑顔だ。阿賀野の顔を見たとき、矢矧はそれまでのなんとも言えない相から直ぐ笑顔になった。ただ、そんな事は当人の知らぬことである。
 
 艤装もまとわぬ日常であるなら、笑顔が一番だ。それが自然に溢れ出る、誰もが安心できるものなら尚結構だ。
 提督日誌という記録の中に、艦娘達の日常を青葉とはまた違った形で記憶する阿賀野のあり方がどういった物であるのか。
 
 近すぎて見えてない矢矧が、それらに気付ける様になるにはまだ少しばかり時間が必要であった。
 この鎮守府では、時間はまだ余るほどにある。それを幸か不幸か決めなければならないのであれば。
 艦であった頃、僅かな時間だけを共にし、末の妹とは出会う事も出来なかった彼女達には、それはきっと、間違いなく幸せなことなのだ。

「矢矧矢矧ー、秋雲ちゃんのポーズ!」
「鬼怒のポーズじゃないの!?」

 多分、幸せなことなのだ。
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