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執務室の新人提督
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 夕焼けの紅い陽に照らされ、仄かな紅に染まった執務室で提督は手の中にある書類に目を落としていた。在るは常の執務室、座すは常の執務机だ。そんな彼の前に居るのは事実上この鎮守府を運営している大淀だ。
 組み合わせも、彼らが居る執務室も、何かが可笑しいと言うわけではない。ただ、何か違和感があった。常の執務室にはない何かが、今この場を侵している。
 異物を見つけるのは、しかし簡単な事だろう。たった一つだ。
 
 提督の顔、それだけだ。
 
 常ならぬ真剣な相で、提督は手に在る書類を見つめていたのだ。
 彼の前に立つ大淀は、そんな提督に圧されてどこか不安げな相である。そして提督は大淀の様子にも気付かぬようで――いや、敢えて無視して書類を静かに読んでいた。
 たった数枚、それだけの書類である。読み終えるのは早かった。
 提督は手に在った書類を机に置き、大淀を見つめた。その瞬間、大淀の肩が大きく跳ねた。提督にしては珍しい、感情のない相が大淀の心臓と肩を跳ねさせたのだ。
 
「残念だよ……大淀さん」
「て、提督……」

 落胆を過分に含んだ提督の声に、大淀はただただ体を震わせるだけだ。提督はゆっくりと椅子から腰をあげ、大淀の横を通り過ぎた。通り過ぎる際、彼は大淀の肩を叩いて感情の篭らぬ声で小さく、
 
「残念だよ……本当に、残念だ」

 そう呟いた。
 扉が小さくきしみ、そして閉ざされた。しかしその音は大淀の耳に届いては居なかった。紅に染まった執務室で呆然と佇む彼女が提督の退室に気づくのは、もう少し後の事である。
 
 執務室から出た提督は、大淀に見せた相を輪郭の中に保ったまま廊下を一人歩いていた。いや、実際には見えない護衛がいるのだろうが、提督には見ることも感じることも出来ないのだから、彼にとっては今この廊下には彼一人だけ、だ。
 そんな彼の目に、一人の少女の姿が映った。少女は提督に気付くと嬉しそうに彼に歩み寄り、しかしある程度まで近づくと彼の相に気付いたようで、歩調を変えておずおずと提督の前までやってきた。
 適当に濁して逃げないのは、その少女の提督への愛ゆえだろう。想い人の常ならぬ様子を濁して尻尾を巻いて、等と少女――吹雪には出来かねる事であった。
 
「し、司令官……どうされたんですか? 落ちていた御菓子でも食べたんですか? それとも課金ガチャが十連続でハズレだったんですか?」

 ただし心配するレベルがこの程度である辺り、如何にも提督の初期艦である。
 提督は吹雪の気遣う声と姿に、悟った様な――まさに諦観といった相で小さく首を振り、吹雪の肩に手を置いた。
 そして、言い含めるように、優しく呟いた。
 
「吹雪さん……」
「し、司令官……?」

 夕焼けがさし込む二人だけの長い廊下で、男が少女の肩に
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