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執務室の新人提督
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「しっかし……わかンねぇなぁー」

 食堂のカウンター席で態々胡坐をかいて座りながら、江風は小さな声でそう言った。
 
「こう言っちゃなンだけどよ、そう騒ぐようなモンかねぇ、あれは」

 頬杖をつき江風はカウンターの向こう、水場で動く人影を見つつぶっきらぼうに続けた。彼女のそれは独り言ではない。相手に同意を求めている様な内容だが、実際は確認だ。自分はおかしいのだろうか、と聞いているだけである。
 確認を求められた人影、皿を洗っていた瑞穂は常日頃から穏やかな相に微笑を添えて応じた。
 
「私は、良い提督だと思いますけど……」
「そら、まぁ……良い悪いでいやぁ良いだろうけどさー」

 穏やかな、それこそ裏方に徹したほうが良いと思っている瑞穂辺りからしたら、提督は良い提督だろう。瑞穂が裏方を希望した時、提督は笑顔で頷いたのだから、瑞穂からすれば提督は良い提督だ。
 瑞穂の様に、事務方に重きを置く艦娘はそれなりにいる。艦娘も150人以上集まれば、皆が皆海上で戦えばいいという訳には行かない。人が増えれば裏方の仕事は増え、自然事務員が不足して来る。大本営に事務員の補充を願えばいいのだろうが、その事務員が鎮守府にとって害になる可能性を考慮すれば、それも最善とは言えない。補充を頼んで間者が来るようでは、負担が増えるだけだ。
 
 その結果、鎮守府を良く知り事務能力も有した即戦力となる艦娘が裏方に回される事になるのである。当然、これは当人の希望があれば、だ。やる気のない者を配置して現場の士気が下がるのは、戦場も鎮守府も同じだ。そして、今食堂で皿を洗っている瑞穂は、志願して裏方に回った艦娘である。
 勿論、有事の際には艤装を装備して海上に出るが、好んで戦場に出たいと瑞穂は思っていない。反面、椅子に胡坐をかいて座っている江風は、事務能力などさっぱりで好んで戦場にでたがる生粋の戦闘思考持ちの艦娘であった。
 
「かー……もう、さっぱりだ、江風にはさっぱりだぜ」

 江風のような艦娘にとって、この鎮守府の提督の様な、体から潮の風を感じられない男というのは少し受け入れ難い物がある。ある筈なのだ。しかし現実はどうだろう。
 彼女はゆっくりと後ろに振り返った。
 江風の視線の先には長良型の姉妹達が集まっていたテーブルがある。いた、だ。そのテーブルには今や誰も座っていない。先ほどまで置かれていた食器なども片付け終えた後だ。更に言えば、そこには提督も座っていた訳である。平々凡々とした姿で。
 
 ――あの分じゃ、あの噂も本当かどうか……。

 そう胸中で呟いた後、江風は再び長良型姉妹に意識を戻した。
 
 長良型、と言えばこの鎮守府において軽巡四天王の一人と精鋭の一水戦旗艦を擁した上に、対潜水艦戦で特に目覚しい活躍をする姉妹達だ。特に五十
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