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絵に込められたもの
5部分:第五章
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第五章

「穏やかに過ごしていますよ」
「そうですか。それは何よりです」
「安らかな顔でした」
 そう語る杉原さんの顔もまた非常に穏やかなものだった。その穏やかな顔で微笑んで僕に語ってくれていたのである。それを見て僕もまた穏やかな顔になっているのがわかった。
「怨みなぞ何処にもない顔でしたよ」
「絵もそうでしたね」
 僕は今度は絵について言及した。ここであらためてコーヒーカップを右手に持った。コーヒーはもう冷めていたがそれでも香りはかぐわしいものだった。
「最後まで。美しい絵で」
「その時、その絵だけでした」
 杉原さんはまた僕に語ってくれた。
「あの様なことになったのは」
「人は時として怨みに心を支配されますね」
 僕はその杉原さんにこう述べた。
「様々な事情により」
「ええ」
「ですがそれを消し去った時は本来の己に戻ることができます」
「確かに。彼もそうでしたし」
「あの人は恨みを絵に込められました」
 今ではそのことがはっきりとわかった。だからあの絵になったのだとも。
「そして怨みを果たされ」
「怨みを終えたというのですね」
「僕はそう考えます。それでよかったと思います」
「家族の無念を晴らしてですか」
「女の罪はおぞましいものです」
 人を殺したというそのことがだ。それをおぞましいと言わずして何と言うのかとさえ思った。
「何時かは報いを受けるものでしたし」
「それは私も同じ考えです」
「あの方は御家族の無念も御自身の怨みも晴らされた」
 僕は今度はこう延べさせてもらった。
「それでよかったのですよ」
「あの絵はだからこそ価値があるのですね」
「はい。そう思います」
 僕はあらためて杉原さんに対して頷いてみせた。
「だからこそです」
「そう言って頂いて何よりです」
 今度の杉原さんの言葉は少し妙に聞こえた。
「何よりとは?」
「私はあの絵をずっと疎ましいと思っていました」
「怨みの絵だからですか」
「はい。怨みを込めた絵だと思っていました」
 聞いていてそれも無理のないことだと内心思った。確かにあの絵は怨みにより生み出された絵であるからだ。これは否定できない。
「ですがそれが晴らされたというのなら」
「それでいいのですか」
「今ここで貴方とお話してようやくそういう考えに至りました」
 微笑みはさらにいいものになっていた。悟りきったような、清々しいものに。
「有り難うございます。これからあの絵を普通の気持ちで見ることができます」
「そうですか」
「さて。それではですね」
 杉原さんは僕に声をかけてきた。
「コーヒーのおかわりはどうですか」
「おかわりですか」
「貴方も私も飲み終えていますし」
「おや」
 言われてカップを見る。見れば確かにもうカ
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