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第四章
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「酷い米売ってたな」
「何か闇一は酷いみたいですね」
「質の悪いものがぼったくりで売っているみたいですね」
「金で買えるならまだよし」
「物々交換もやってるみたいですね」
「ああ、何か柄の悪い連中もいて好き勝手やってた」
 このこともだ、勇悟は店の者達に話した。
「酷いものを普通にぼったくってる」
「それで米もですね」
「酷いものを売ってるんですね」
「ここよりもずっとぼったくって」
「そうだった、確かに東京の闇市と比べるとましだよ」
 米の値段も質もというのだ。
 しかしだ、それでも勇悟は言うのだった。
「それでも酷い米だな」
「とにかく今は食えないと」
「さもないと皆餓えますから」
「ですから本当に」
「こんな米でも売らないとやっていけないです」
「厄介な話だな、けれど状況がよくなったら止めるぞ」 
 米問屋としてだ、勇悟は強く言った。
「悪い米売るのが商いじゃないだろ」
「どうせ売るならいい米を売る」
「それが米の商いですよね」
「若旦那いつも言ってましたね」
「商いも誇りがないとって」
「親父も言ってるだろ」
 店の大旦那である彼の父もというのだ。
「そういうものなんだよ」
「ええ、じゃあ」
「状況がよくなったらすぐに」
「元通りいい米を売りましょう」
「そうしましょう」
「食いものがないならどんなものでも売るしかないか」
 苦々しい顔でだ、勇悟は言った。
「こんな状況だと」
「戦争に負けて碌にものがなくて」
「食えれば御の字ですから」
「そんな有様ですから」
「売るしかないですからね」
 店の者達も苦い顔であった、戦争に負けてものがない状況ではどんな米でも売るしかない、勇悟はこのことを苦々しく認めつつだった。
 そうするしかないことに腹立たしさを覚えていた、そうした状況の中で。
 勇悟は数年辛抱して商いをしていた、そしてある時だ。
 勇悟は店の者にだ、こう言った。
「何とかな」
「はい、米の質がですね」
「戻ってきましたね」
「悪い米を売らずに済む様になりましたね」
「やっと」
「ああ、戻って来たな」
 戦争前の様にとだ、言うのだった。
「よかった、けれどな」
「まだですね」
「完全には戻っていないですね」
「そうだ」
 こう店の者達に言う。
「あの質になるのは先か」
「完全に戻りますかね」
「戦前の味に」
「そうなるでしょうか」
「どうだろうな、なって欲しいけれどな」
 これは勇悟の偽らざる本音だ、日本人としての。
「あれだけ酷い状況になっていたからな」
「そこから戻ることはですか」
「難しいですか」
「どうしても」
「そうだろうな、戻ってはきているけれどな」
 それでもというのだ。
「まだだな」
「そうですか
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