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大正牡丹灯篭
6部分:第六章
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第六章

「そうだな。それは言わなくてもいい」
「ですか」
「そんなことを受け入れられる人間はいない」
 社長は言う。少なくとも彼はそう考えていた。
「この世の人間ならばな」
「そうですか」
「それが摂理だ」
 こうも言う。彼は間違いなくこの世の人間でありその考えであった。だからこその言葉であるがここでは藤次郎の思いは聞いてはいなかった。聞くまでもないとも思っていたのだ。
「そういうことだ。わかったな」
「はあ」
 藤次郎の返事は弱々しい。顔も俯いている。社長はそれを決断したからだと思った。しかしそうではなかった。それにも気付かなかったのだ。
「では帰ろう。帰ってから細かいことを決める」
「細かいことを」
「このままでは何にもならないからな」
 そう告げるのであった。
「御前があの屋敷に行かないだけでは何にもならないのだ」
「何にもですか」
「うむ。守りがないと何にもならない」
 まるで海軍のような言葉であるがその言葉には説得力があった。藤次郎もそれを感じているが心に留めるかどうかはまた別であった。
「だからだ。暫く付き合ってもらうぞ」
「わかりました」
 こうして彼は寺から多くの札をもらいそれを自分の部屋に貼ることになった。彼は下宿に住んでいたのだ。その部屋は至る場所に札が貼られそれ以外の部分が見えない程であった。
「これで宜しいですな」
 下宿の前で札を書いた社長と馴染みの住職が社長に問うてきた。そこには藤次郎もいる。
「ええ。有り難うございます」
 社長はまんべんなく貼られた札を見ながら社長に答えた。
「これでこの男も助かります」
「しかし。まさかとは思いますが」
 住職は困惑した顔で社長に述べるのであった。
「あのお嬢様が」
「やはり執着あってのことなのでしょうか」
 彼は深刻な顔でそう述べた。
「だからこそまだこの世に」
「そうでしょうな」
 住職は社長のその言葉に頷いた。
「その執着が何かはわかりませんが」
「この男に対するものでしょうか」
 社長は悄然とした顔で無言で立っている藤次郎を見て住職に言った。
「やはり」
「かも知れませんな」
 住職もそれを聞いて言うのだった。
「だとしても。恐ろしい執念です」
「死してもなおですからな」
 社長も言う。
「ですがその執念は」
「はい、人を殺めてしまいます」
 住職は無念そうに述べた。
「悲しいものでしてな。死霊というものは自分の意志に関係なくこの世の者を連れて行ってしまうのです」
「自分がどう思っていてもですか」
「左様です。この世の者ではありませんので」
 住職も社長と同じことを言うのだった。むしろ社長が住職の考えを聞いてそれを藤次郎に述べていたのだ。そう言ってよかった。
「どうしてもそうな
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