82話
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本当の自分であり、それに対して今我々が生きている現象世界の私は偽りの私であるという風な対置構造を前提として本当の自分とは何かと言いたいのかどうなのか、それとは別なものを想定しているのか。
カレーと白いライスの丁度境目にスプーンを差し込み、カレーの大地にモーゼへの神の祝福の如くに海割れを生じさせながら、栗色の髪の男は黒髪の男を覗き込むように視線を上げた。男の口の端にはカレーのルーが少しだけ残っていた。
どうなんだ、と蒼い目が静かに尋ねる。黒髪の男も、ホワイトシチューのプレートに銀のスプーンを滑らせた。
さぁ。そんなに深く考えて聞いたわけじゃないんだ。ただ、あんたの話を聞きたかっただけなんだ。あんたはどう思っているかって。
金属製のプレートと金属のスプーンがぶつかり合い、耳障りな音が鳴る。閑散とした食堂では、音が嫌に響いた。
わからない。男は一言だけ呟いて、カレーにスプーンを忌々しげに突き立てた。
昔はどこかに本当の自分があるなんて馬鹿げてると思っていた。今ここにいる我が本当の俺なんだと思えていた。今もどこかに本当の自分があるなんて思っちゃいない。だだ、今俺が捉えている俺が俺ではないのだろうな。もしそう思っていたら、俺は貧困な俺しか知らないことになる。
ひらひらと分厚い本をひらつかせる。上部分が赤くなっていて、下半分が灰色になった分厚い本の表紙にはなんと書いてあるのかはわからなかった。
結局俺には俺が何なのかを一生明晰に理解することはできない。何か意味があるわけでもない。本当の俺などというものはさっぱり理解不能で俺にはその意味が何なのか、よくわからない。今も、これからも。
そう言った男の顔は、今思い出せば悲しげだったのかもしれない。もしかしたらなんだか気恥ずかしそうだったかもしれない。もしかしたら、誇らしかったのかもしれない。それがどういう表情なのかの決定権など黒髪の東洋人は持っていなかったし、またそんな決定権の保持を主張することは烏滸がましい人間のすることのように思えた。
何か劇的なことがあったわけでもなく、なんでもない些末な会話だった。黒い髪の東洋人と、茶色の髪の男との出会いなどその程度のものだった。この日を境に黒髪の男は何か決意をしたわけでもなく、女の子と遊んだり時々座学の授業中にさぼったり、全く無価値な『楽しい生活』を送ったし、栗色の髪の男もやはり己でナイフを心臓に突き刺しつづけながら、色のない日々を嬉々と過ごしていた。
ただ、それだけの話である。
※
「原因はまだわからないんですか!?」
思わず怒鳴り返したことに若干の後悔を覚えながら、モニカ・アッカーソンはぎちぎちと金属音を鳴らす巨人を見上げた。
支持アームに両側から保持された白亜の巨像。本来命を持たない筈の無機質の巨人が苦悶を浮かべるように身
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