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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
51話
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から無かったかのように消失していた。
 振り返る。
 全天周囲モニター越しの宇宙には思い出したように閃光が膨れ上がっていた。
 思考能力がぼろぼろと削げ落ち、状況を理解することが出来なかった。否、そうすることを何かが妨害していた。
 琳霞の顔が過る。酒に酔ったあの顔が、そよそよと泳ぐ夜風に黒髪と金のリボンを靡かせ、人懐っこく笑った、アジア系の顔―――。
 理解したい。理解しなければならない。その度にずきずきと頭のどこかが軋みを上げ、その度に何かが剥離していく。
 手を伸ばした。伸ばした先に、何かが触れた。
 黒く淀んだ澱のような汚泥の感触。
 彼女は、死んだ。
 何かが、そう言葉でクレイに囁いた―――。
 接近警報。異様な速度で肉迫する機体が1―――《リゲルグ》。
 首を回し、オールビューモニター越しに映った凡色の機体を眺めやる。蒼い宇宙の中で、《リゲルグ》の単眼が怪しくクレイを睨みつける。
 逃がさない。お前も、今の奴と同じように粗びき肉にでもしてやろう―――。頭蓋に突き刺さった敵の思念が分節化され、明確な殺意となって翻訳される。
 己の存在をかき消されることへの根源的原初的恐怖。あの《リゲルグ》の殺意が集約されていき、そうしてその志向が己を捉えて―――。
 クレイ・ハイデガーは絶叫した。狂気的とすら呼べるほどの叫喚、吐瀉物の代わりに胃から這い上がってきた胃液、涎、涙、糞尿、穴と言う穴から液体やら何やらが垂れ流されていることすら分別が付かず、N-B.R.Dのトリガーを引きまくり、在るはずのないシールドビームキャノンやらビームカノンのトリガーを滅茶苦茶に引き続ける。
 死という絶対的な現象への恐怖が有機的結合の持続を単一に染め上げていく。死にたくない、助けて、嫌だと咽頭を響かせ、撃てもしないビーム砲のトリガーを引く。その度に鼓膜を突き刺すような警報の音がコクピットの中を湛え、誰かの無線通信が紛れ込み、クレイの悲鳴と排泄物の汚臭とが混ざり合ってぐちゃぐちゃのハルモニアと化していた。
 ぷち、と何かが突き刺さる。遠隔操作で打ち込まれた鎮静用の薬物の注射―――。
 ぶちんと鋼鉄のワイヤーが切断されるように意識を失う中、クレイが最後に見たのはジゼルの《ガンダムMk-V》の背中と―――。
 ―――蒼い宇宙を背にし、美しく燃える蒼い大翼をはためかせたヴァルキュリアの威容だった。
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