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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
32話
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 細胞から滲み出たような湿度の高い溜息を吐く。
 エルシー・プリムローズ・フィッツジェラルド―――プルート・シュティルナーはベッドに身を投げ出した。衝撃と同時に、鼻の毛の一本一本の間をするりと梳きぬけていくようなさわやかな抜ける匂いが満たし、ふわりと柔らからいベッドの感触に我知らず口笛を吹いた。
 生まれてこのかた軍人で、そうして宇宙艦での生活が日常だった彼女の知るベッドとはがちがちと固く、寝ているだけで身体が痛くなりそうなものなのだ。
 ベッドに寝転がったまま、マットを叩く。反発の力は強すぎも無く、適度に手を押し返す。毛布を掴んで顔に押し付ければ、どこか品の良い果実か花の匂いが肺を満たした。
 こういう生活があるんだな、とプルートはベッドに横になったまま首を回した。
 アナハイム・エレクトロニクス社とサナリィ間の技術交流の一環、というイベントに乗じて、ある目標の監視のためのエージェントとしてエンジニアに紛れ込んでいるというのが今のプルートの立場である。技術交流の場を提供しているジオン共和国の一部の人々とネオ・ジオン、そしてアナハイム・エレクトロニクス社や地球連邦政府や軍とのあらゆる思惑の複雑な交差があるんだろうな、くらいはプルートも考えているが、あまり深くは考えないようにした。考えたって栓のないことだし、軍人である己が関わる話でもない。ただ言えることは、こうしてアナハイム・エレクトロニクス社の将来有望なエンジニアの卵として相応の扱いを受けていて、それがプルートの経験を遥かに超えているというだけの話だ。個室であって、しかもベッドがあってデスクがあって。各々の備品も綺麗に手入れが行き届いていて、しかもなんと冷蔵庫付きだというのだから驚きである。万年困窮のネオ・ジオンとは雲泥の差である。
 なんだか、ちょっと、悪いなと思う。パラオでの生活の困窮を思えば、自分だけが贅沢をしているようで居心地が悪い―――まず足を上げ、そうして勢いをつけながら飛び跳ねるように起き上ったプルートは、白くてなんだか高そうなサンダルを履くと、化粧台の前に立った。木製の化粧台に手をついて、縦長の鏡をまじまじと眺める。童顔で、もみあげだけが長い栗色のショートヘアの切れ目の少女が胡散臭そうに自分を見返した。
 結局、任務と割り切るほかない。ある目標を取りあえず監視すること―――そのための、一要素だ。プルートには、束の間の休暇と解釈するだけの認識は無かった。
 それにしても、とプルートは切れ目をなおさら鋭くするように眉間に皺を刻みながら、鏡に映る己を注視した。
 上下ともに黒のTシャツとショートパンツという特に筆の必要も無い出で立ちである。格好だけなら、休憩中のラフな服装と変わりはない。
 問題は、そこではない。プルートは怪訝な顔をしながら、自分の胴体を―――正確には胴体の上半
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