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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
32.いつかは猫の恩返し
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「ごめんなさいね、ちょっと相席よろしいかしら」
「あ……どうぞ」
「ふふ、実際にはもう座っちゃってるんだけどね?」

 その女性は、仕草の一つ一つが絵画から切り抜いてきたかのような淡い美しさに満ちていた。
 フードの隙間から覗く瞳は、見つめるだけで自分の顔が熱くなっていくほどに見とれてしまう。
 周囲はどうしてか彼女には気付いていないが、空気が変わったことにはなんとなく気付いたのか、すこし様子がよそよそしい。

「わたくし、ヘイズと申しますの。よろしければ貴方たちの名前を聞いてもよろしいかしら?」
「あ……ぼ、僕はティズ・オーリアです」
「……アニエスと申します」
「短いお付き合いになるかもしれないけど、よろしくね?」

 にこり、とフードの裂け目から見えたその笑みに、ティズは心音がとくん、と高鳴るのを感じた。

(なんだろう、これ……体が熱い……?)

 あの人は、フードを取ったらどんな髪の色をしているんだろう。
 そんな服を着て、近づいたらどんな匂いがするのだろう。
 知りたい――もっと声を聞きたい。もっと一緒に――ずるずると、引きずり込まれるように思考がヘイズと名乗った女性の方へと流れてゆく。

(ヘイズさんと一緒に居たいな。全部忘れて、あの人の下に――)

 体はテーブルについているのに、魂は次第に彼女の下へと歩み寄っていく。
 街灯の明かりに惹かれる羽虫のように無邪気な本能的な欲動。
 ついさっき出会っただけの女性に、心の全てを曝け出してもいいと思うほどに。

 不思議と、その暖かさは記憶も朧げになった母を思い出す。ティズが生まれる前は、よく甘えていた。全てをさらけ出して、無理せずに胸を借りて泣いたこともある。ヘイズさんは、母に似ているのかもしれない。だからこんなにも、求めているのかもしれない。

『――。―――。――――』

(あ、れ)

 ふと、後ろで誰かが呼んでいる気がして、心が止まる。


『ティズ。あなた、命を賭してまでやりたいことはある?どんな困難が待ち受けていてもやり遂げたい願いはある?』

 ――エアリーだ。小さな体なのに誰より一生懸命で、共に戦うと誓った。

『一刻も早く大穴を塞がなければ他の神殿でも悲劇が繰り返されるかもしれないのです……』

 ――アニエス。風の巫女。冷たいように見えて、本当は危なっかしいだけの女の子。

 二人とは、どうして一緒にいたんだっけ。
 確か、僕は大穴の前で二人とと出会ったんだ。


 大穴の前で、僕は――そう、全てを失った先に残っていた希望を、守り通そうと誓ったんだ。

 だから、そっちには行けないんだ――


「――ッ!?」

 思い出した瞬間、惹かれていた魂が身体に引き戻されたよ
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