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幻影想夜
第ニ十三夜「影踏み」
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のない淋しさを、ほんの少しだけ俺の心へと滑り込ませた。
「さっさと帰って飯にすっかな。」
 わざと明るく言うと、俺は足早に駆け出した。
 もう、何も見たくはない。思い出したくもない。こんな淋しさが欲しい訳じゃない…。
 そこには過ぎ去った影ではなく、置いていかれた俺が居るだけなんだ。

 そんなことは知っている…そう、最初から…。

「もう帰らないと、お母さんに怒られちゃう!」
「そうだね〜。僕も帰らないと。」
「それじゃ、これでおしまいだね。」
「え〜!?もうずっと僕が鬼だったじゃん!」
「明日も遊ぼうね!」
「うん!」
「じゃ、また明日〜!ばいば〜い!」

 胸が痛い…。
 あの頃、家に帰れば優しい母が夕飯の支度をして待っていてくれた。父は厳格な人だったが、間違ったことをする人ではなく、時折見せる微笑みに俺は大きな安心感を覚えていた…。
 せめて祖父母が健在であったなら、多少は違ったのかも知れない。だが、俺が生まれる以前に他界しているのだ。
 唯一、二人の叔父は居はするが、両親が亡くなった時には俺を引き取るだけの余裕は無かった。それは理解していたし、高校卒業まで半年を切っていたから、俺は自立することに決めたのだ。大学を諦め、高校卒業と同時にこの街の工場で働くことにしたのだ。
 あの家は思い出が多すぎて、俺はとても住んではいられなかった。
 無論、両親が残してくれた貯金で大学へ行くことも家を維持することも出来たが、俺にはそれをすることが出来なかった。両親の命そのものを糧にしているようで…どうしても受け入れられなかった…。
 二人の叔父は反対したが、俺は後のことを叔父に任せ、一人でここに来たのだ。いや…逃げ出したと言った方が的確かも知れないな…。
 アパートに着き、俺は鍵を開けてドアを開いた。何気無く入ってふと見ると、窓から紅の陽射しが差し込み、まるで映画の1シーンの様な光景を醸し出していた。
 四角い小さなテーブル、その上に置いてあるカップ、気紛れに買った小さなサボテン…。それらが光を受けて長い影をこちらへとそっと伸ばしていた。
 そこにはただ…沈黙だけが居座り、あの時の躍動感は微塵も無い。だが、そこから沸き上がる淋しさは、まるで生きているかの様に俺へと纏わりついてきた。

「今日はあきらくんが鬼〜!」
「ええ〜!昨日も僕だったのに〜!」
「じゃんけん弱いんだもん。」
「逃げろ〜!」

 過去が現在に追い付きそうになる…。心に映る友達は、みんな無邪気な顔をして逃げ回っている。
 その中で、俺は一人佇んでいるようで、何をしていいのか解らなくなっていた。

「けんちゃん、早く逃げないと!」

- 何から…? -

「もう来ちゃうよ!早く早く!」

- なんで逃げるの…? -


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