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黒魔術師松本沙耶香  紅雪篇
16部分:第十六章
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第十六章

「この手の中に」
「懐が深いのだな」
「いえ」
 やはりその妖しい笑みを続けて述べてくる。
「それは違います」
「違うのか」
「ええ。私は決して懐が深いわけではないのです。そうではなく」
「どうなのだね?」
「ただ欲しいものをその場で手に取るだけなのです」
「それだけか」
「そう、それだけです」
 妖しい笑みは続く。笑みの中に言葉を浮かべていく感じであった。それがまた実に妖しさを増させ美しさまで帯びさせていたのであった。
「それだけなのです」
「私としてはだ」
 知事はそこまで話を聞いたうえで述べてきた。
「そこまで口出しする気はない」
「有り難いことです」
「そんなことを言っていても何にもならないからな」
 今の仕事とは何の縁も所縁もないのだと。それを今はっきりと言い切ったのである。
「そういうことだ。だから」
「はい。事件は必ず解決させます」
「うむ」
 やり取りが続いた。
「そして今度こちらにお伺いする時は」
「話が動いているというのだね」
「いえ」
 真顔で首を横に振る。それからまた言うのである。
「終わっている時です」
「そうか」
「そうです。そして」
 沙耶香はさらに付け加える。言葉は徐々に流れるようにして進んでいっていた。彼女の思うがままにである。
「その時はもう雪もないでしょう」
「自信があるのか」
「残念ですが私は」
 笑みを戻してきていた。今度は目元だけであるがそこに艶を見せてきていた。何処か誘うような眼差しであった。見据えながら自分の中の世界に引き込むような笑みであった。それを目にだけ出してきていた。
「自信家ではないのです。慎重なのですよ、これでも」
「言うな」
 その言葉が知事の気に入った。何処かそうした雰囲気が彼の心の琴線に触れたのである。
「では今度ここに来る時を楽しみにしている」
「ええ。それでは」
 右手の人差し指を前に出す。それを胸の上にかざしてきた。
「数日中に」
 コートが浮かび上がり自然と彼女のところに舞ってきた。それを手にしてから一礼して知事の前から姿を消すのであった。
 その日はこれで終わりであった。沙耶香は雪の街を滑るようにして進みあるバーに入った。そこでクラシックを聴きながら一人ワインを楽しんでいた。
「寒い時にこそワインはいいのかしら」
 暗い中で落ち着いた青と黒の世界の中で一人呟いていた。その手にはグラスと薄い赤のワインがあった。
「どうなのかしらね」
「少なくともそのリープフラウミルヒは何処でも宜しいかと」
「そうね」
 バーテンの言葉にこくりと頷く。あえて弱くしてある灯りが否が応でも雰囲気を醸し出しそこにワインが元々持っている濃厚な退廃をさらに加えさせていた。
「確かにその通りね」

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