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幻影想夜
第十七夜「螢」
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躰は、こんな小さな旅路ですら儘ならないことは知っている。
 無理はさせまいと、親友から大きめのワゴン車を借りたものの、彼女の躰に負担がかかるのは変わり無い。
 しかし、二人ともそれを承知して抜け出してきたのだ。そしてこれが、最後のささやか旅になるのを感じていたんだ…。


 湿った風のそよぐ山道。近くには川のせせらぎしか聞こえてこない静かな夜だった。
 この場所は二人の思い出の場所でもあり、行き着くまでに然程時間は掛からなかった。
 だがその間、彼女の具合は悪化の一途を辿っていた。
 俺は何度引き返そうとしたか分からない。それを察知してか、彼女は何度も「私は大丈夫だから。」と言ってきたのだった。
 まるで最後の使命を果たすかのように、彼女の決意は揺らぐことはなかった。
 その決意が何なのか、その時の僕は理解することが出来ないでもいた…。

 その日は空を薄く雲が覆い風も弱く、ホタルが舞うには丁度良い日和りと言えた。
「ねぇ…和彦。ホタルってね、想いを残して死んだ人の生まれ変わりなんだって…。」
 彼女が突然、話し始めた。その言葉は何故か遺言のような響きがしたのは、俺の考え過ぎだったのだろうか?
「なんだよ藪から棒に、一体何を言いだすかと思ったら…」
 俺は自分の思考を拭い去ろうとしたが、彼女はそんな俺の言葉を遮るように、また話しを続けた。
「ホタルはね、想う人のために輝くんだよ?その想いが強い程に、その光は純粋で美しく輝くんだって…。」
 彼女は雄弁に語った。今の彼女のどこに、これだけの力が隠されていたのだろうか?
 車の計器が放つ淡い光だけが、二人の姿を照らしている。
 だがその中でさえ、彼女の強い生命力を感じるのはなぜだろう?

「和彦、外に出して…。」
 暫らくの沈黙の後、彼女は言った。
 俺は彼女の思うままに従って車椅子を後ろからから出し、彼女を慎重に移動させた。
「ありがと…。我儘言ってごめんね…。」
「なに言ってんだよ。今更だろ?」
 なんとかそう言うのが精一杯だった。
「今頃病院は大騒ぎになってるかなぁ…。でも、きっと大丈夫。」
 ポツリと呟く彼女の言葉に、俺は返答が出来なかった。
 今になって事の重大性に身動いだとしても後の祭りだが、内心穏やかとは言えなかった。

―本当に…彼女のためだったのか…?―

 ふと、そう思った時だった。
「ぅわぁ…!」
 彼女が驚くような声を上げた。そして、眼前に広がる風景に、俺は目を見開いた…。

「ホタルが…ホタルがこんなに…!」


 それはまさしくホタルであった。それも数えきれない程の…。
 彼女は両手をいっぱいに広げて喜んでいる。少し手を伸ばせばぶつかる程のたくさんのホタル。
「ほら、ホタル。和彦、ホタルがこんなに!」
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