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皇帝の花
5部分:第五章
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第五章

「けれどここには薔薇がない」
「それもすぐに」
 彼等は慌ててネロに告げた。
「届きますので」
「お待ち下さい」
「いや、もういいんだ」
 ネロは気遣う彼等に対して優しい声で返すのだった。
「私はもう」
「あの、陛下」
「まさか」
「あれを持って来てくれ」
 力なく言うだけだった。
「あれを。いいね」
「ですがあれは」
「陛下はまだ」
「私はもう。わかっているんだ」
 その力ない声のまま言うだけであった。それが今のネロの全てであった。
「私に薔薇を贈ってくれるのではなく剣を突きつけてくるのだから。だから」
「宜しいのですか」
「もう。それで」
「反逆者達が欲しいのは私なのだろう?」
 こうも問う。
「君達には関係ない筈だ」
「それはそうかも知れませんが」
「それでも我々は」
「一人でいい」
 そんな彼等を拒絶するようにして告げた。
「いいね。君達はこれからも」
「そうですか」
「ではこれで」
「わかってくれたらあれを持って来てくれ」
 穏やかな声で彼等に言う。
「いいね」
「はい」
「それでは」
 今度は彼等が力なく頷き一輪の黒薔薇を持って来た。そうしてそれをネロに手渡すのであった。
「これで宜しいのですね」
「うん」
 ネロは手渡されたその黒薔薇を見詰めながら答えた。
「これでいいよ。ただ一つだけ皆に言い伝えて欲しいことがあるんだ」
「それは。何でしょうか」
「私がいなくなったら」
 彼は言う。
「私がそこにいる場所にも薔薇を飾って欲しい。それだけを伝えて欲しいんだ」
「わかりました」
「それでは」
「そんなことが起こる筈がないのだけれどね」
 悲しい笑みを浮かべて呟くネロであった。
「だから今こうしてここにいるのだから」
「ですからそれは」
「殆どの者は陛下を」
「それでも。剣を突きつけられたから」
 ネロにとってはそれだけで立ち直れないものがあったのだ。あまりにも繊細なその心はそのことに耐えられなかったのだ。彼は薔薇を欲していた。しかし剣を欲してはいなかった。そういうことである。
「もう。いいんだ」
「そうでしたね」
「では。これで」
「さようなら」
 別れを告げると黒薔薇の花びらを口に入れた。それで全ては終わったのであった。
 ネロの追っ手達が別邸に来た時には全てが手遅れだったという。もうネロは死に向かっていた。彼は皇帝として誇り高く死ぬことができたのだった。
 この時彼は追っ手の一人にこう言ったと伝えられている。
「もう遅い。これがそなたの忠誠か」
 と。だがこれは真かどうかはわからない。芸術を愛した彼は死の間際に今この世で最も偉大な芸術家が死ぬと言ったとも言われている。だがこれも真相はわからない。
 だが一
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