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碇知盛  〜義経千本桜より〜
2部分:第二章
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第二章

「その通りです。ですからすぐにここをお発ち下さい」
「しかし」 
 だがここで義経は窓を見る。開かれた窓からは雨が見える。しかもかなり激しい雨であり風まであった。その為海は途方もなく荒れていた。
「この空と海ではそれは」
「御心配には及びません」
 しかしおかみはその彼に対して言うのだった。
「空や海を見るのも船問屋の仕事です」
「それはそうですが」
「うちの人を信じて下さい」
 おかみの言葉がここで真摯なものになった。
「必ず。悪いようにはなりませんから」
「そうか。そこまでな」
「はい、そうです」
 真剣な顔である。しかしその顔も何処か妙であった。
 ただの船問屋のおかみにしてはあまりに気品があるのだ。義経は彼女についてもそれを察していた。しかしそれも今は言わなかった。そのうえで彼女の言葉を受けたのだ。
「ですからすぐに」
「随分世話になったな」
「いえ、それではすぐに御用意を」
 義経達にこう告げて部屋を後にする。そうして店の廊下を進む彼女のところに一人の小さな子供が来るのだった。見れば十歳程の可愛い女の子である。
「典侍」
「その名前ではありません」
 その女の子が呼んだ名前を厳しい声で打ち消すのだった。
「私は今はおっ母さんではないですか」
「母上ではなくてだな」
「そうです。私はおっ母さんです」
 あくまでこう呼ばせるのだった。
「宜しいですね」
「わかった。それで知盛、いやお父っつあんは」
「仕度が遅いねえ」
 おかみは女の子を抱きながら演じて言うのだった。
「義経様達はもうすぐ船に乗られるというのに」
「そうだね」
 そんな話をしていると二人のすぐ側の障子に人影が出て来た。そうしてその障子が開いた時そこから大鎧に身を包んだ銀平が出て来たのだった。
「帝、お喜び下さい」
 彼はまずその女の子の前に控え告げてきた。
「遂に時が来ました」
「時が?」
「そうです、かつて壇ノ浦で我等が敗れた時」
 あの平家が滅亡した戦いである。その時に安徳帝は入水されたとなっている。だがここで彼は何故か目の前の娘に対して控えそうして帝と呼んだのである。
「帝は入水されたと偽りましたが」
「あの時のことであるか」
 娘の言葉も何故かここで変わった。幼いながら威厳に満ちたものになっていた。
「あの時は恐れ多くも帝を我が娘と仕立てそして」
「はい」
 おかみが彼の言葉に頷くのだった。
「乳母である私を妻として」
「そのうえでこの知盛がお匿いしておりましたが」
「そのこと、まことに有り難きことであった」 
 見れば娘は男であった。よく見なければわからないものであったが。
「知盛、礼を言うぞ」
「有り難き御言葉。そしてです」
 銀平、いや平知盛は今度はその乳母
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