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真田十勇士
巻ノ三 由利鎌之助その五

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「幻術じゃな」
「よくわかられましたな」
「急に景色が変わった、それではな」
「幻術だとですか」
「思ったがその通りだったな」 
 こう由利に話した。
「この崖は」
「そうでしたな、では」
「うむ、この崖は通ってもよい」
 幻に過ぎないからだというのだ。
「別にな」
「左様ですか、しかし」
 穴山はその目を鋭くさせて幸村に言った。
「この幻を出した者は」
「さて、それは」
「ははは、これは申し訳ない」
 ここでだ、前からだった。
 茶人が着る様な服を着た老人が出て来た、白髪を髷にしていて口髭と顎鬚が一つになっていて長い。その彼がだ。
 前から出て来てだ、こう三人に言った。
「少し悪戯をしましたがお気を悪くされましたか」
「この幻術はご老人が」
「はい、この近くに住む隠居でして」
「何故幻術を」
「昔陰陽道やら仙術をやっていまして」
 それでというのだ。
「その中で幻術を備えました」
「左様でござるか」
「時たまここを通った旅人にこうして悪戯をしていますが。いや幻術を見抜かれるとは」
「急に景色が変わりましたので」
 それでとだ、幸村は老人に答えた。
「まさかと思ったのですが」
「そうでありますか」
「はい、しかしご老人はかなりの幻術の腕ですな」
「ははは、見破られたではありませぬか」
「いえ、景色はそのままでした」
 崖のものだったのだ、底に小さな川が見える位の。
「あれだけの景色を出せるとは」
「尋常な幻術ではないと」
「そうです、ご老人の幻術は天下の術ですな」
「いやいや、そう言われると恥ずかしくなります」
「お名前は」
「身共の名前ですか」
「何と仰いますか」
 こう老人に問うたのだった。
「一体」
「はい、楽老とでも覚えておいて下さい」
「楽老ですか」
「その様に」
「そうですか、では楽老殿」
 幸村は老人の名乗りを受けてだ、彼にあらためて申し出た。
「それがしは真田幸村といいまして」
「ほう、あの真田家の次男殿の」
「はい、今は家に必要な優れた者を探していまして」
「それで身共に真田家にですな」
「はい、如何でしょうか」
「いや、身共は隠居の身」
 楽老は飄々とした年齢を感じさせる笑みで幸村に応えた、小柄であるが背はしっかりとしていてその手には杖があり左手は自由だ。
「ですから」
「それはですか」
「はい、遠慮させて頂きます。ただ」
「ただ、とは」
「実はここから北にある山に面白い者がいまして」
「面白い者が、ですか」
「何でもかつては美濃辺りにいたとか。そこで水練を極め様々な武芸を身に着けたとか」
 こう幸村に話すのだった。
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