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悪来
6部分:第六章
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はしない。
「どのみち弓矢も尽きた」
「攻めるにしろ近付くしかない」
 このことも確かだった。
「行くか」
「うむ」
 警戒しながら前に出る。そうして典偉煮近付くがやはり彼は動かない。戟の間合いに入ってもだ。ここで彼等はようやくわかったのだった。
「死んでいるな」
「うむ」
 最早それは否定できなかった。彼は間違いなく死んでいた。目は大きく見開き戟を構えたうえで立っていてもだ。身動き一つしない。そして息もしていない。死んでいることがやっとわかったのだった。
「立ったまま死んでいるとはな」
「まさかとは思ったが」
 今度は典偉を見てだった。やはり彼は息も全くしない。完全に死んでいた。
「曹操を守る為に死してもか」
「立ち続け我等を阻んでいたのか」
 その言葉には憎むものはなかった。むしろ感嘆のものがあった。
「見事だ、まさに豪の者だ」
「悪来の再来と言うべきか」
 その感嘆の言葉を次々と述べていく。
「その豪と忠、確かに見させてもらった」
「曹操は果報者だ」
 こう言うしなくなっていた。誰もが死して曹操の為に立つ典偉を褒め称えるのだった。
 彼のこの命を懸けた奮闘と死により曹操はかろうじて屋敷を出ることができた。その時息子である曹昴と甥の曹安民は彼を守る為に死んだ。曹操は三人の命を犠牲にして何とか助かったのだった。
 張繍はこの後曹操軍に夜襲を仕掛けその軍を散々に打ち破った。曹操にとっては実に手痛い敗北であった。 
 しかし彼は曹操軍を破ったうえで典偉の亡骸を返還してきた。立ったまま死んだ彼は棺に納められ丁重に曹操軍に送られたのであった。
 彼のその亡骸を受け取った曹操は彼を我が子と甥と共に葬った。三人の墓の中でも中央に置かれ一族と同じように丁重に葬られたのだった。
「典偉の墓が中央ですか」
「うむ」
 曹操は周りの者の言葉に頷いた。その典偉の墓を見つつ。
「わしを三度も救ってくれたからな」
「だからですか」
「そのうえで死んだ」
 彼はこのことも忘れていなかった。
「そのような者を。どうして粗末に扱えようか」
「だからですか」
「こうして一族と共に」
「その通りだ」
 また答えたのだった。
「昴達と共に葬る」
「では。そのように」
「このようにして」
「はい、それではです」
 部下達も彼の言葉に応えて言うのだった。
「我等もまた」
「悪来を」
「典偉よ、よく見ておくのだ」
 今は墓にいる彼への言葉だった。
「わしはきっとなってみせる」
 彼は言った。
「そなたが命をかけて救ってくれただけの者にな。そして天下をまとめてみせるぞ」
 今それを誓うのだった。彼の為に命をかけた彼に対して。そのことを誓うのだった。

悪来   完


            
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