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扇の香り
第三章
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「有り難うございます」
「いえ、私は拾っただけです」
 それに過ぎないとだ、男爵は貴婦人に返した。
「ですから」
「お礼には及ばないと」
「はい、それにしてもです」
 ここでこうも言った男爵だった。
「素晴らしい扇ですね」
「私もお気に入りです」
 貴婦人は微笑んでこうも言った。
「ですから見付けて頂き本当に嬉しいです」
「それは何よりですね」
 ここでだ、男爵は扇の香りと貴婦人の香りが同じであることに気付いた。どちらも非常にかぐわしい。それは貴婦人の息の香りも同じで。
 彼はその香りに惹かれるものを感じた、その彼にだった。
 貴婦人は優美な微笑みでだ、こうも言って来た。
「それでなのですが」
「何でしょうか」
「見付けてくれたお礼といっては何ですが」
「いえ、ですからお礼は」
「そういう訳にはいきません」
 貴婦人はここでは優しい微笑みになった、そしてこうも言ったのだった。
「ですから」
「お礼をですか」
「させて頂きます」
 是非にという言葉だった、男爵に有無を言わせない。
 そう言ってだ、彼にあるものを差し出した。それはというと。
「扇ですね」
「はい、そうです」
 彼が拾ったものと同じ形だった、ただ色は黒だ。それでいて香りは扇そして彼女と同じものだった。その香りに気付いたところでだった。
 貴婦人は彼の目を見てだ、こう言って来た。
「これなら宜しいですね」
「お礼としてですね」
「はい、どうでしょうか」
「いい扇ですね、それに」
「それに?」
「いえ」
 香りのことを言おうとしたがだった、それでも。
 黒の扇の香りは白の扇、そして貴婦人と同じ香りだった。それでそのことを言うことも出来なくなってだった。
 それでだ、そのことは言えなかった。それでだった。
 そのことを言わないままだ、こう貴婦人に言った。
「それでは」
「受け取って頂けますね」
「そうさせて頂きます」
 これが貴婦人への言葉だった。
「是非」
「有り難うございます、それでなのですが」
「それでとは」
「まだ私の名前を名乗っていませんでしたね」
 ここでこうも言った彼女だった。
「そうでしたね」
「はい、確かに」
「それでは」
 軽く一礼してからだ、貴婦人は名乗った。
「エトワール=ド=ヴィンラボーといいます」
「ヴィンラボーさんですか」
「はい、ヴィンラボーと覚えておいて下さい」
「わかりました、マドモアゼル」
「そこはマダムですよ」
 笑顔でこう訂正させたのだった、男爵に。
「ヴィンラボー男爵夫人と呼ばれています」
「ヴィンラボー家の」
「はい、妻です」
 男爵にこのことも言うのだった。
「ですからマドモワゼルでなく」
「マダムですね」
「そうお呼び下さい」
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