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豹頭王異伝
曙光
従者と侍女
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「おぬしが、パリスか。
 以前、会った事があるな。
 あれは確か、バルドゥール子爵へ丁重に退去を願った際であったか。
 シルヴィアを何よりも大切に想い、忠誠を捧げる真摯な漢と聞いた。
 本来ならば良人の俺が、シルヴィアを支えてやらねばならぬのだが。
 誠に申し訳無い、心底から礼を言うぞ」

 深々と頭を下げ、苦渋の滲む真摯な声を絞り出す豹頭の戦士。
 大男の背後に隠れ、様子を伺う年若い侍女が眼を丸くする。
 パリスの口から聞き取り難い、潰れた低音の声が漏れた。

「王様、早く帰って来てくれ。
 俺では役不足だ、シルヴィア様には王様でなければ駄目なのだ。
 わからないのか、姫様をお救い出来るのは王様だけだ。
 何故、シルヴィア様を置き去りにしたのだ。

 一刻も早く、帰って来てくれ。
 王様が難儀をしている事は、良くわかっている。
 でも、それは承知の上で、結婚したのではなかったのか。
 頼む、姫様を不幸にしないでくれ」

 忠実な従者は誰よりも深く、シルヴィアを扱う艱難辛苦を理解している。
 果てしなく続く永劫の責苦、迷惑この上も無い困難至極な苦行であるのだ。
 グインの苦悩を理解し、共感し得る者は誰も居らぬ。
 唯一人、パリスを除いては。

「済まぬ、出来る限り早くシルヴィアの許へ戻る。
 約束する、俺が戻るまでの間だけ彼女を護ってくれ」
 豹の表情が歪んだ。
 髑髏の眼が光り、王の苦悶する様子を興味深く観察する。

 鈍重な水牛を連想させる従者の瞼が微かに動き、細い眼が光った。
 豹の丸い円瞳を大胆にも、正面から覗き込む。
 グインは眼を逸らさず、言葉にされぬ疑問を投げ掛ける視線を受け止めた。
 シルヴィアの我儘に根を上げて逃げ出し、帰国を引き延ばしている訳ではない。
 表情は変わらぬが、納得の気配が漂う。
 従者パリスは皇女の夫、グインに深々と一礼した。

 中原に於いて誰一人として知る者の居らぬ、豹頭王の試練。
 グインが中原に現れる遙か以前から、シルヴィアの八当たりを何度も体験している従者。
 共通の経験を持ち、豹頭王の試練を理解し得る唯一の男パリスの顔に同情の色が滲む。
 内心を吐露した所で何ら支障は無く、心底からの共感を得られたであろう。

 竜騎士の大群に包囲され、勝ち目の無い闘いへ身を投じる方が遙かにマシだ。
 グインは思わず閃いた思考を面に表さず、頷くに留めた。
 パロの魔道師達、侍女クララが見ている。
 彼等の前で、愚痴る訳には行かぬ。

「おぬしが、クララか。
 すまぬ、世話を掛ける。
 シルヴィアの相手をする辛さは此の俺自身が、誰よりも良く理解している心算だ。
 誠に心底から申し訳が無い、としか言い様が無い。
 この通りだ」


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