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メフィストの杖〜願叶師・鈴野夜雄弥
第三話
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 メフィストはどうにか気を持ち直し、角谷を空いている席へと入れようと思ったのだが、彼はメフィストの案内を無視して“あの席"へと座ってしまったのだった。

- こりゃ…。 -

 メフィストは眉を顰め、浅く溜め息を洩らした。それは大崎も気付いてはいたが、それを構っていられるほど暇ではない。無論、小野田も天手古舞な情況である。この日、安原兄弟は来てないのだ。前回、注文ミスとレジミスを連発したため、釘宮が丁重に断りを入れたのだ…。
 さて、店内の光景はステージ上からも良く見えていた。
「まぁ君…。」
「分かってる…。」
 二人はそう言うや、やはり浅く溜め息を洩らした。

- 始まる -

 それが分かったのだ。
 その日、外部から二人の演奏者が招かれていた。一人はガンバ奏者の小林和巳、もう一人はトラヴェルソ奏者の鈴木雄一郎だ。
 この二人は、以前に招いた縁田の紹介であり、やはり藤崎京之介の関係者だった。
「では始めに、バッハの名作“ゴルトベルク変奏曲"のアリアを、フルートとヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロによるアレンジでお聴き下さい。」
 釘宮がそう言うと、店内は急に静かになった。そして客たちは耳を澄まし、音楽が奏でられるのを待っている。
 “ゴルトベルク変奏曲"はアリアと、その低音部を主題とした30の変奏から成っている大作だ。その主題たるアリアを演奏するのだから、これから始まる事柄を暗示させずにはいられない。
 このアリアだが、元は「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」に“サラバンド"として記入されていたが、その美しさは正に“アリア"と呼ぶに相応しい。ト長調の素朴な響きの中に、どこかしら夕の終わりを感じさせる。
 本来なら甘く薫る響きだが、角谷にとっては物悲しく響いていた。それは、このアリアが終曲としてリピートされる楽曲だからかも知れない。
 プログラムは恙無く進行し、アンコールを三曲演奏する位には好評だった。
「鈴木さん、小林さん。今日は本当に有難う御座いました。」
 演奏終了後、釘宮は事務所で二人を持て成していた。そこには普段はないテーブルが置かれ、その上に料理やデザートが乗せられている。飲み物は無論、アルコールではあるが。
「いやぁ、釘宮君は京の演奏に似ているねぇ。それでか、今日はとても楽しかったよ。旧友と演奏しているようだったから。」
「全く、雄一郎の言う通りだ。私も大いに楽しませてもらったよ。」
 二人は上機嫌だ。どうやら釘宮のことを気に入った様子だ。
「そう言って頂けて、私も嬉しい限りです。」
 釘宮は畏まってそう答えつつ、二人へとワインを勧めた。勧められるまま二人はグラスを傾けたが、ふと小林が釘宮へと不思議そうに問い掛けた。
「そう言えば…一人、ずっと深刻そうな顔をしていた
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