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極短編集
短編29「よくありそうな昭和な話」
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無事に卒業して、そこそこの企業に就職した。給与は、母の稼ぐ金の倍だった。我が家の家計は一気に楽になった。しかし、母は働く事を止めなかった。

「金は腐るもんじゃねえ。少しでもあれば、なにかしら役に立つ!」

 と、言って働いていた。
 その頃、僕は付き合っていた人がいた。でも、僕は母を紹介出来ずにいた。しかし、そのうち彼女に、ご両親を紹介され、結婚のお願いをされた。
その時、僕は彼女に、僕が母へ持っている気持ちについて、話す決心をした。

「僕は、貧しさはどうでもよかったんだ。心が貧しかったのが嫌だった」

 そう、僕が言うと彼女は……

「お母さんには、きっと理由があったんじゃない?」

 と、言った。

「えっ?」

 僕は、彼女の言葉に今までにない、驚きを感じていた。

 母の?

 理由!?

「なぜ、そんな事を思ったんだい?」

「女で生きて行くのは、大変な事があるのよ」

「……?」

「女であれば、簡単に稼ぐ方法はあるわ。……でもしなかったのは?」

「……」

「とはいえ、手に職の無い女が、それなりに稼ぐには……その日の日銭を稼ぐには……」

 僕はハッとした。母のあの姿を。荒くれの男共に混じり、相手取って生き抜くに為には……

 彼女に話して良かったと思った。その後、僕は母に尋ねると……

「おれは、学がねえし、手に職っていっても飲み込み悪りいから。でも、身体だけは頑丈だったんだあ……まあ、指挟さんじまったけどなあ」

 十数年ぶりの母と子の会話だった。そうそう、たった一度だけ……たった一度だけ母の晴れ姿を見ることが出来た。僕の結婚式でだ。
 初めて見た、母の晴れ姿。こんなに母は綺麗だったのかと思った。母の欠けた前歯は綺麗になり。今までの、間抜けな感じはなくなっていた。キリリとした表情は……誰の前に立っても、恥ずかしくなかった。
 そして、涙がでた。ずっとあった胸のつかえが取れたのと同時に、母の姿を見て、恥ずかしかったのは自分の方だと、気付いたのだった。そう心が貧しかったのは、僕の方だったと気付いたのだ。
 僕の中に歌が聞こえてくる。単純作業、地固めのための巨大な重しを、大勢で引き綱で引っぱり落とす。そのときの掛け声歌だ。

「トオちゃんのためなら、エンヤこ〜ら。カアちゃんのためなら、エンヤこ〜らしょっと……」

 僕のなかに、土方の歌が聞こえてくるのだった。

「もひとつおまけに……



 エンヤこ〜らっ!」

おしまい


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