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歌えなくなって
第四章

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「いいわ」
「そうですか、それは何よりですね」
「ピアノ楽しいわね」
 本格的にしてみての言葉だ。
「弾いていたら時間を忘れるわ」
「歌と同じで」
 喜久子はそういうタイプだ、歌っていると時間も忘れる。そうしたタイプだからこそプリマ=ドンナにもなれたのだ。
 しかしだ、ピアノもというのだ。
「けれどね」
「ピアノもですか」
「よくなってきたわ」
「では」
「歌えない間はね」
「ピアノに熱中されて」
「それを忘れるわ」
 こう言ってだ、喜久子は休養中ピアノばかり弾いていた。そして休養が明けてようやく歌える様になった時にだった。
 思っていた以上に音楽の感覚を掴めていた、それで翠にも笑顔で言えた。
「いい感じよ」
「はい、ブランクは確かにありますが」
「それでもね」
「思った程ではないです」
 そうだとだ、翠も笑顔で答える。
「このままだとです」
「すぐによね」
「元の調子に戻ります」
 こう太鼓判を押すのだった。
「ご安心下さい」
「ピアノのお陰ね」
 喜久子は笑顔で言った。
「全ては」
「ピアノをしていて」
「音感が衰えていなかったのね」
「そうですね」
 翠も喜久子の言葉に笑顔で応えた。
「そのことは」
「そうよね、じゃあ」
(後はゆっくりとですが」
「歌う時間を増やしていって」
「カムバックしましょう」
「わかったわ、それじゃあね」 
 こう話してだ、そしてだった。
 喜久子は無事にカムバックしてそうして見事な歌を披露していった、そして休養の時にはじめたピアノもだった。
 好評だった、そちらでも高い評価を得て翠に言った。
「こちらでも評価を得たことはね」
「思いませんでしたね」
「ええ、けれどね」
「いいことですね」
「奇貨っていうのかしら」
「そうですね、こういうことを言うんですね」
 まさにだ、思わぬ幸運だというのだ。
「このこともよかったですね」
「そうね、何かを出来ない時にも何かをすることはいいことね」
 喜久子はこのことも知ったのだった、そうして歌だけでなくピアノでもその名を知られる様になったのだった。


歌えなくなって   完


                               2015・1・25
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