序章:ある老人の呟き
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自称・大陸一の占い師、管輅の耳の傍を甲高い群集の喧騒の声が走っていく。
昼間の通りは客を引き寄せる客寄せ店員の朗らかな猫なで声が耳を響き、「わが店の商品は、これぞまさに天下一の名品なり」、「世に多くの品あれど、わが商品に勝るものなし」と、あたり障りの良い文句で民草の注意を引こうと努めている。店の奥では狡い商人が鋭い視線を向けて、日雇いの客寄せの背を睨んでいた。この活動次第で今日の夕餉にありつけるか否かが決まるとなれば、自然と店員の声は張り上げられていき、それが為か、かの者の顔を必死なものとさせていた。
道行く者に憧憬か嫉妬か或いはひっそりとした憎悪の目を向けるのは、命の重さを感じさせる財布すら持てぬ貧民であり、上着や脚絆|(きゃはん)が破けてほつれ手足が細く弱った乞食であり、自らの野心と獣欲をひたと隠す夜盗崩れのゴロツキである。懐に手を突っ込んでいるのはぷるぷると震える握り拳を隠すためか、それとも、懐の刀を見られぬためか。
それら全てに無関心を決め込み、通りの間の細い路地でただ只管|《ひたすら》に琴を抱えて項垂れるのがこの老人だ。背筋が曲がり、目元のしわは何重にも苦労を抱え込み、僅かにあけられた口からは表の通りを行く人々からは決して漏れる事がないであろう、世の真実を知ったことに対する深い感動と、自分を長らく生きながらえさせた自然に対する深い畏敬の念が毀れ出ている。見事に白く染め上がった長髪の毛一つ一つが、通り抜けていく静かな風でゆらめく。其の様は正に『妖しい』の一言に尽きるものであった。
「これはいったい、なんの奇遇であるか。」
老人の眉間の皺が消え去った。
「長らく死に損なった老骨めが新たに知ることの、なんとも面白きことよ」
僅かに頭を上げた老人の目が静かに開く。病に朽ちても可笑しくない程の老齢である筈なのに、そうだとは信じ難いほどの輝きが瞳に湛えられている。通りを歩く者々はそれだけを見るのならば、決してこの光が六十を超えた老骨のものだとは夢にも思うまい。それほどの煌き、まるで星の輝きのようである。口元が釣り上がり、痩せた頬から骨がわずかばかりに浮き出た。
「『天の御遣い』とはなぁ……。それも二人とはなァ。」
だが星は星といえども、不吉を齎す厄星であったようだ。
老人の目が更に輝き、開いた口元からは萎びれた舌が見える。言葉の語尾にて枯れた声が裏返り、路地に溢れる邪気と吹き抜ける風をさらに強めた。背を預けている古ぼけて汚れた商店の木壁までもがそれを彩る。それは老人の胸の中に宿る、墨汁の黒よりも尚黒い、どす黒い人間の好奇心を醸し出すようでもあった。
「これはきっと、我が生涯最高の遊びに違いあるまいて。うかうかしていられなくなってきたわ。」
珂々々と喉の奥から愉快な声が漏れ出す。老人は抱
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