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映画
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第七章

「脚本はその場で渡す」
「その場でですか!?」
「何とまあ」
「そしてどんな作品かもその場で言う」
 こういうこともなのであった。
「つまりだ。この場合はだ」
「ここでですか」
「この監督の家で」
「それでだ」
 ベテラン俳優はスタッフ達に顔を向けた。
「監督は何処だ?」
「監督ですか」
「そうだ。ここは監督の家なんだな」
「はい、そうです」
 このことについてはすぐに返事が返った。
「そうですけれど」
「それなら監督がいる筈だ」
 自宅にいる、これは普通に考えたうえでの結論だった。
「ここにな。それで監督は?」
「それがまだなんです」
「ちょっと。おられなくて」
「やっぱりおかしいんじゃないか?」
「そうよね」
 役者達はスタッフ達の今の言葉を聞いてまた不安に覆われた。
「今日撮影初日なのによりによって今いないなんて」
「おかしいよ」
「そうですよね」
「秘密主義にしてもあまりにも妙だな」
 ベテラン俳優はこう言ってサングラスの奥のその目を光らせた。
「これは。わしも佐藤監督の映画ははじめてだがな」
「はじめてなんですか」
「実はそうだ」
 その新人の男の子の問いに答えた。
「本当にな。今がはじめてだ」
「そうだったんですか」
「噂に聞いていただけで出るのははじめてだ」
 彼はこうも語った。
「今回がな」
「噂は聞いてるんですよね」
「そうですよね」
 彼の今の言葉を聞いて他の出演者達が一斉に彼の周りに集まって尋ねた。
「それなら何か」
「今回のことも」
「これが不思議なんだが」
 ところがここで彼は。神妙な顔で語るのだった。
「わしの古い役者仲間にも佐藤監督の映画に出た人間は結構いる」
「ええ、そうですよね」
「それは」
「中には何作も出た者もいる」
 つまり佐藤監督に気に入られているというわけだ。少なくとも世間ではそう見られている役者である。そういうことになるのである。
「それでもだ」
「それでも?」
「何か」
「どんな撮影だったのか覚えている人間はいない」
 神妙な顔がさらに神妙なものになり声もそれに準じたものになった。
「どんなものかな」
「あれっ!?それって」
 話をここまで聞いて声をあげたのは夕菜だった。彼女は今までこのベテラン俳優の話を聞くだけだったのだ。だがここで不意にという感じで口を開いたのだった。
「おかしいですよね」
「夕菜ちゃんもそう思うんだね」
「はい、やっぱり」
 夕菜もその問いに答えた。
「誰も覚えていないってやっぱり」
「スタッフもね」
 そのスタッフもなのであった。
「何があったか覚えてはいないんだよ」
「そんなことって有り得ないですよね」
「絶対に有り得ない」
 ベテラン
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