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乱世の確率事象改変
彼女の為に、彼の為に
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も、この人は私の幸せを考えている。

――でも、そんなあなただから、私はもう、戻って苦しんで欲しくないんです。

 記憶を失っても変わらない在り方が、私の心を歓喜で満たす。ビシリ、と胸が痛んだ。

――私はそんな優しいあなたが……

 漸く落ち着いたのか、彼は瞼を閉じ、大きなため息を吐いて、小さく自嘲の苦笑を零した。
 その仕草にまた、ズキリ、と胸が痛んだ。表情を動かさないで痛みに耐えた。
 心に張った殻が破れてしまいそう。目の前にこの人がいるだけで……こんなに違う。心から溢れ出るのはどうしようもなく抑えがたい感情の渦。瞼から溢れて流れ落ちそうになる。

 一挙手一投足が記憶と同じで。

 やっぱり誰も憎めない優しくて温かい人。

 あなたに会えて嬉しい。

 抱きついていいですか。

 気持ちを伝えてもいいですか。

 沢山お話がしたいです。

 子供っぽい笑顔が見たいです。

 頭を撫でて欲しいです。

 また温もりに埋もれて眠りたいです。
 

 さみしかった。
 辛かった。
 悲しかった。
 会いたかった。


 好きです。

 大好きです。

 愛しています。


 もう、泣いても……いいですか。


 それでも、と思う。

――でもこの人は私の知ってる“秋斗さん”じゃない。

 溢れそうになる想いを止める事には慣れていた。彼には一筋も見せてはならない。気付いたら余計に私の為を考えるだろうから。
 どうにか押さえこめた。どうにか涙は出なかった。これで……大丈夫。
 しかし、私の予想に反して、彼が向けてくれる微笑みは暖か過ぎた。

「……久しぶり、“鳳統ちゃん”」

 言葉が紡がれた瞬間、引き裂かれそうな痛みが胸に走った。
 同じ笑みを浮かべてくれる彼の口から、彼の声で、私の真名を呼んでもらえない。それがこんなにも……苦しい。
 甘かったかもしれない。甘かったんだろう。一寸だけ、頭が真っ白になった。
 誤魔化す為に振り向いた。彼から視線を外し、また外を見やる。
 息が乱れていないだろうか。瞳が潤んでないだろうか。このうるさく響く鼓動が、聞こえていないだろうか。
 思わず手摺りに手を伸ばして握りしめた。誤魔化す為に。耐える為に。

――何かを話さないと。何を話す? 私は何を話そうとしていた?

 衣擦れの音が小さく薄く、耳を擽るように鳴った。
 後ろで彼の気配が離れていく。私に近づいてくることはしないらしい。
 寂しい気持ちが湧いてきた。こんなに近くに居るのに……こんなに“遠い”。心の距離が、遠すぎる。あんなに近付けたあなたと私の距離は、手を伸ばせば届く距離でも届くことは無い。

 話そうと思っていたことを思い出せ
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