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Lirica(リリカ)
死の谷―発相におけるネメス―
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印されし大聖堂図書館から、この世のどこにも存在しない歌劇場の入り口を開くことができる。
 そして、生贄たちの魂は、神々の歌劇の役者として、永劫にその寵愛を受けるという。
「お前達の娘は〈占星符の巫女〉となる。それが与えられた役だ」
 高位神官は生まれたばかりのリディウを前に、そう言った。如何なる抵抗も抗弁も無意味であり、ただ夫妻を物言わぬ屍に変える恐れがあるだけだった。母が娘に与えることができたものと言えば、ただリディウの名のみであった。
 リディウには、家族との暮らし以外の全ての物が与えられた。最高の教育。最高の住まい。身の回りのありとあらゆる物が、ここタイタス国にて作られる中で最高の品物であった。
 父と母には年二回、夏と冬にのみ面談が許された。
 今日がその最後の一回であった。
 リディウは明日十五歳になる。
 生贄の娘リディウは悲嘆に暮れる父と母の為、歌った。峻険な山々に沈む夕日について歌った。静まり返った夜空に散らばる星の、さやかな光について歌った。その内に、母も、ただ悲しみに暮れるより、今目の前のリディウを慈しむ事のみを考えるようになった。
 いよいよ寝床に就くという頃、母はリディウに贈り物をくれた。それは、貝殻と珊瑚で作られた、あまりにも素朴な首飾りであった。
 世話役の神官の温情により、その夜リディウと両親は共に一夜を過ごす事を許された。リディウは生まれて初めて母に抱かれて眠った。見張りの神官が寝室の外に立っている間、母はリディウの髪を撫でながら、優しく子守唄を歌った。

 ※

 翌朝リディウはこの日の為に仕立てられた純白のドレスに袖を通した。ヴェールで顔を隠し、靴を履き替え、肘まである白い手套で手を覆った。
 もはやリディウは神の物であり、誰一人声をかける事も、手を触れる事もできなかった。ただ一人、禁を破った母エテルマを除いて。
 リディウを着替えさせた後、世話役の女神官は深々と(こうべ)を下げて退室を促した。リディウは幾たびも練習した通り、礼に則り、朝の光が祝福のように照らす白亜の廊下を無言で歩いた。
 神殿のエントランスに差しかかると、左右に立ち並ぶ神官たちをかき分けてエテルマが飛び出してきた。エテルマは昨日の昼にもそうしたように、リディウを強く抱きしめた。無言の禁だけは固く守り、唇を強く引き結んで。
 意外にも、神官たちは誰も咎めなかった。リディウは抱擁を返しながら、十五年間共に暮らした神官たちは決して冷血ではなかった事を思った。十五年に一度、夏至の晩、生まれたばかりの赤子をその親の元から強引に連れ去るとしても、その為に赤子の親を斬り捨てる事があるとしても、それは凶つ星ネメスの託宣に従った結果であり、ネメスの神官たちとしても、そうするよりほかないのだ。
 神の世界に召されるとは聞こえがいいけれ
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