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青い春を生きる君たちへ
第6話 無意味
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形でしかないが。

「えー?まだチャンスあるだろ。ここの野球部入ればいいじゃん。ピッチャーはできなくても、あんなホームラン打てるんだろォ?帰宅部やるにはもったいないだろォ」


田中がキョトンとした目で、諦め顔の小倉と保坂を見る。至極真っ当な意見だった。一度ドロップアウトしても、転校先で、またやり直せばいい。そう考えるのは普通のことだ。ただ、今の小倉には、その指摘は当たらない。


「……高野連の規定でな、転校して1年は試合に出られないという規定があるんだよ。選手の引き抜きを防ぐための規定でな。」
「え?じゃあ謙之介は……」
「そういうこと。転校は9月だから、来年の最後の夏までには、出場停止は解けない。俺の高校野球は、もう終わってんだ、完全に。」


事情を聞いて、何故か自分以上にがっかりしている田中が、小倉には何ともおかしかった。自分にとっての高校野球は、甲洋の野球だった。甲洋を離れた時点で、もう高校野球に未練は無かったし、例え松陽で再出発が可能でも、自分はその機会を掴もうなどとは思わなかっただろう。諦めは既についているのだ。どうしようもない事に対して、抵抗しても仕方がない。皮肉な事に、甲洋での1年半が、小倉にその事を強く教えていた。


「……今度こそ勝てると思ったんだけどなぁ。野球辞めたお前に打たれちまうなんてなぁ。俺、中途半端にデキるだけで、満足しちまってたよ……」
「おいおい、凹むなよ。俺の方が余程中途半端なんだぞ?多少ホームラン打てた所で、俺はもう絶対に公式戦にゃ出れないんだ。俺の野球の実力なんて、誰の役にも立たないんだよ。さ、もう俺みたいな奴の事なんて気にするの止めて、お前はキャプテンなんだし、早く他の部員の面倒見てやれ。お前はあいつらの役にたってやれるだろ?」


自分より大きな保坂の背中をポン、と叩き、小倉は打席から去った。ベンチにヘルメットとバットを置くと、ふと、これが自分の野球の最後か。そんな考えが浮かんだ。惜しくはなかった。個人的な勝負での、何の意味もないホームラン。間違っている自分の野球人生の最後には、相応しく思えた。気がつけば、笑っていた。西日に照らされた、寂しい笑いだった。


「……」


グランドを見下ろす教室の窓からは、高田が顔をのぞかせていた。乾燥して、冷たくなってきた風に、ショートカットの黒髪がなびく。高田の表情は、いつもと変わらず無表情。呆れたようなため息だけが、感情の起伏を表していた。


「……可哀想」

高田の呟きを聞く者は、誰もいなかった。

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