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クルスニク・オーケストラ
第七楽章 コープス・ホープ
7-11小節

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 例の分史ニ・アケリアでの任務から数日。わたくしは社長室の前にいた。

 ドアをノックする。

「社長。分史対策室のジゼルです。入ってよろしいでしょうか」

 ドアが内側から開いた。開けたのはヴェル。《今日は顔色悪くなさそう。よかった》。よかったわね、《トマス》。でも今からは少し静かに、ね。

「お待ちしておりました。どうぞ」
「失礼いたします」

 社長室へ入る。いつもと変わらず、ビズリー社長の前に立つのは緊張する。
 平常心よ、わたくし。平常心。

「分史E4216で散見されました、『ルドガー・ウィル・クルスニクが《鍵》でない可能性』を調査した結果を報告に参りました」

 ビズリー社長のデスクに紙の資料、つまりあくまで事務的な手続き用のそれを置いて。

「結論から申し上げます。ルドガー・ウィル・クルスニクは《クルスニクの鍵》ではありません。本物の《クルスニクの鍵》は彼が連れ歩く少女、エル・メル・マータです」
「根拠は?」
「はい。《道標》そのものは確かにルドガーが持ち帰りました。ですが、分史の元マクスウェルにはルドガーは一切触れていませんでした。触れていたのはエル・メル・マータです。私見ですが、ルドガーはエルの力を借りて契約しているのではないでしょうか? ルドガーはエルに《鍵》の力を何らかの方法で供給されつつ、骸殻に変身している。わたくし自身はルドガーの骸殻契約の場に居合わせませんでしたので、確かなことは申し上げられないのですが」

 社長がヴェルに声をかける。ヴェルは肯いた。

「列車テロの際に、ルドガー様は時計そのものでなく、時計を持ったエル様と手を繋いだ瞬間に変身しました」

 ビズリー社長は笑みを浮かべた。ぞっとする。凄絶、という言葉がこれほど似合う笑みもない。

「真正の《鍵》たる少女と、その恩恵を受けた骸殻を持つルドガー。なるほど。我々は今、《鍵》を二つも手にしているわけか」
「お言葉ですが……ルドガーはエルと離れていた時、変身できなくなっておりました。両者を別個に活動させるのは難しいかもしれません。むしろエルが近くにいないルドガーは骸殻すら使えませんでしたから、二人を絶えず同伴させなければいけないという問題が今回明らかになりました」
「その辺りは構わん。好きに同伴させてやれ。いずれ別れてもらえばそれでいい」

 エルちゃんは《鍵》として、クロノスへの切り札に。ルドガーはカナンの地への《橋》の予備に。
 息を吸うように姦計を巡らす社長は、やはりそこいらの人間とは格が違いますわ。

「監視は続行だ。ジゼル、どんな分史世界に行こうと、《鍵》の娘を死なせるな」
「畏まりました、社長」
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