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ラオコーン
第六章

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「贈られた紛いものではな」
「では」
「これは我のものだ」
 はっきりとだ、男は言い切った。
「紛れもなくな」
「そういえばその目は」
「間違いない」 
 息子達はここで女も見た、そして言うのだった。
「牡牛の目、つまり」
「ヘラ女神か」
「そうだ」 
 その通りとだ、女も彼等に答えた。
「そなた達には何も思うところはないが消えてもらう」
「確か貴方達はギリシアに味方している」
 ラオコーンは自分達に迫り来る、海から出てその鋭い無数の牙を見せる海蛇を見ながら神々に対して問うた。
「だから我等を」
「あの木馬に気付かれたからにはな」
「邪魔をしてもらう訳にはいかないということ」
 ポセイドンとヘラは二人に言った。
「だからこそここで」
「消えてもらうわ」
「神々がこの様なことをするとは」
 ラオコーンは死を前にして彼等に言った。
「人の如きことを」
「神もまた然りなのだ」
 ポセイドンは笑ってはいない、ヘラも。暗く剣呑な笑みを向けたままでラオコーンに対してその声で言うのだった。
「都合があるのだ」
「だからこそ我等を」
「そうだ、死んでもらう」
 是非にというのだ。
「今からな」
「我々は神々の都合で死ぬのか」
「何ということだ」
「人の世の常だと思うが」
 やはり冷酷に言うポセイドンだった。
「それは」
「政にあってはと言われるか」
「そういうことだ、神も人も政がある」
「そして我等はその中に巻き込まれ死ぬのか」
「気付かなければ死ななかった」
 木馬、その正体にだ。
「気付いた己の聡明さを恨むのだな」
「くっ・・・・・・」
「死ぬたくないのならだ」 
 ポセイドンはヘラに顔を向けて目で問いヘラが無言で頷いたのを見届けてからあらためてラオコーン達に告げた。
「約せよ、今すぐトロイアを去りそのまま何処かに行け」
「我等の願いはトロイアの陥落」
 ヘラも言う。
「そなた達の命はどうなってもいい、はっきり言えば」
「トロイアは今宵陥ちる」
「そうなればそなた達の命を奪う必要もない」
「だからだ」
「今すぐトロイアを去れば命は奪わない」
 こうラオコーン達に言うのだった、そうすれば命は奪わないと。
 だがラオコーンはだ、息子達もまた。
 毅然としてだ、神々に返した。
「それはお断りします」
「何としてもトロイアの者達に木馬のことを言うのか」
「はい」
 こう言うのだった、神々に。
「私はトロイアの者です、ですから」
「その言葉取り消さないのだな」
「何があろうとも」
「それは私もです」
「私も同じです」
 息子達も強い目で言う。
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