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君にはわからない話をするけれど……
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 私は駆逐艦・雷。名前はもうない。
 何がどうなったのかは、見当はつくが覚えていない。漱石を気取って『何でも薄暗いじめじめした所で……』と繋げたいところだが、我が輩は猫ではないのでニャーニャー言わないし、それ以前に私が今いるところは『薄暗いじめじめした所』どころではなかった。視覚が役に立たないほど暗く、腹と言わず背と言わず、体の表面を水が撫でている。
 どうやら、私は沈んだらしい。

 ここが、深海か――。

 その一時に、思ったほど感慨はなかった。私だって幼くはあるが戦う者である。戦場で散ることを常に意識していた。思うところがあるとすれば、沈んだのが私で良かったということか。確か――あの時、共に出撃していた中には北上さんもいたはずだ。彼女は重雷装巡洋艦で、我が艦隊のエースである。やる気には欠けるが駆逐艦の面倒見も良く、斯く言う私も彼女に構ってもらうのは楽しかった。私に砲撃が、あるいは魚雷が当たって彼女を守ることができたならば、少しは彼女の怪我を減らせたということだ。もしそうなら、戦果が上がって司令官も――喜んだかもしれない。
 私はどうやら片足を欠損したようだった。両指は動く。深海がこんなに動きづらいところだと思っていなかったので、初めは腕も欠損してしまったと勘違いをしたが、私は努めて冷静に、ゆっくりと、冷たい指を握り、そして広げた。左足、右手、左手、それから頭――どれも無事であった。そして薄く開けていた目を、もう少しだけ開けた。期待はしていなかったけれど、暗順応に時間をかけた割にはぼんやりとしか景色が見えなかった。ともあれ視覚も無事のようである。損傷が左足だけで済んだのは運が良かったのだろうか。あるいは、海底に沈んだのに意識を失うことができないのは却って不幸なのだろうか――。
 目が見えることで、俯瞰的に自分の置かれている状況を考える。否、考えて――しまった。暗い海底にひとつ残された無残な『私』を、残酷なほど鮮明に思い描いてしまって、胸が苦しくなる。見えるのは岩肌と海水――それだけ。大きくなる心臓の鼓動とは逆に、深海はシンと静かで、それが一層、恐ろしかった。
 淋しい。司令官に――逢いたい。
 これが夢なら、寝小便を垂れて怒られても、それを野次られても構わない。たとえ、罰を課されてもいい。私は司令官の声を聞けば、元気が湧いてくるのだ。だから、夢ならば覚めてほしかった。しかし、頬を引っ張るまでもなく、海水が肌を撫でる度に全身に走るざらついた痛みが、これが夢でないことを雄弁に語っていた。

 司令官。司令官に逢いたい――。
 燃料タンクには穴が空いていて航行は不可能だった。燃料タンクのことがなくても、満身創痍の私が鎮守府の位置も距離もわからない状態で鎮守府まで戻れる確率は低い。普段は位置や距離を教えてくれる妖精――艤装な
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