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乱世の確率事象改変
喰らい乱して昇り行く
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 夜もまだ浅い宵闇の部屋の中、クイ……と指の先で眼鏡を持ち上げる動作が一つ。それは一分の乱れも見せない完成された美しさを持っていた。
 いつからだったか……そうした知性溢れる彼女の仕草が、刃のように鋭いと感じ始めてしまったのは。
 出会った頃から眼鏡を掛けてはいた。されども、何処か薄ら寒くなるような空気を発する事など、子供のころは無かったはずなのに。
 きっと先代の虎を失った時からだろう。

 私が隣で泣いたから、彼女は心を冷たくするしか無くなった。
 自由な私が好きだと言っていたから、彼女は私の代わりに涙を止めた。
 私が思うが儘に走り出したから、彼女は抑える役目を担うしかなくなった。

 己は模倣された虎であるか……と誰かに問われれば、笑顔で切り捨ててくれよう。
 母と私は違う。想いのカタチが、まず違うのだ。母が今の自分と同じく鎖無き虎であろうと、心が違う。
 受け継いだ想いは確かにあるが、牙を抑えていい時もある。
 江東の虎は覇の牙が鋭かった。鋭すぎた。
 しかし私は……大事な大事な宝を守る為にこそ、牙が疼く。

 私の断金となった彼女――――冥琳の抱く想いは母と相似である。双頭の虎と言っていいほど、深く繋がっているからこそ分かる。
 母の想いを濃く受け継ぎ、大きな大きな夢を見てしまった。彼女は母の牙を継承した。武では無く、智という研ぎ石で鋭くしてしまった。
 愚かしい、とは思わない。彼女自身の想いはあくまで、私だけに向いているのだから。
 彼女は王佐の才を持つ、この私――――孫策だけの王佐。だから……私に母を越えてくれと願って、押し上げようとしている。
 時代が味方したのだろう。母の死が余りに衝撃的だったのだろう。雌伏に追いやられた屈辱が、鈍い光を与えてしまったのだろう。
 これほどまで、冷たさを感じるのに美しいと思うのは……そんな彼女の心が理解出来るから……きっとそういう事。
 自分の為か、彼女の為か、家族の為か。
 私は決して見失わない。冥琳と共に目指しているモノを叶えれば、手に入るモノが大きい事を理解している。私自身もソレが欲しい。
 妹達では……まだ不足なのだ。この乱世の先に生き残る事は出来ようとも、母や私達の夢を叶えるにはまだ足りない。
 冥琳には私が必要で、私には彼女が必要。寄り掛かり合っているかと言われればそうでもない。支え合っているかと言われても何処か違う。
 二人で一つ。私と冥琳はもう、切り離せない。

 隣で報告の書簡に目を通す愛しい人は、眉間に皺を寄せてただ黙っていた。
 家族達の事が大切なのは彼女も同じ。
 元に今、目を通しているのは、働き過ぎだから置いて行けと言っても聞かなかった書類の内の一つ。
 彼女は最近、立ち止まる事をしない。洛陽までに少しでも休んで欲しかった
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