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Magic flare(マジック・フレア)
第4話 夢ノヨウ恋ノヨウ
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本は振り向き、ゆっくりクグチの前まで歩いて来た。そして掌で机を叩き、大きな音を立てた。
「口のきき方には気をつけろ」

 渦巻くミルクの夜である。銀糸が路上のミルクの大河に落ちると波紋が広がる。水面下には魚の背が見え、靴が迫ると逃げる。
 岸本ダイチはミルクの河を渡って家に帰った。温かい窓の光が庭に落ちている。チャイムを押すが、誰も出てこない。二回押して待った。それから諦めて鍵を探し、鍵穴に突っこんだ。
 ドアを開けた瞬間、女たちの笑い声が高い壁となって岸本を拒んだ。眉をひそめ、鍵をかけ、靴を脱いで家にあがる。誰も主人の帰宅に気付く様子はない。
 居間のドアを開け放つと、笑い声の壁は更に厚くなった。そして薄らぎ、消えた。妻と、妻の友人たち、その子供たちが居間を汚していた。
「今何時だと思ってるんだ」
 岸本は客人たちに挨拶もせず、妻に不機嫌な声で言った。途端に部屋の空気は静まり、冷えた。不本意そうな目で、妻が腰を上げた。
「帰って来るとは、思わなかったわ」
 まず言うことがそれか。岸本は苛立ちを堪えた。カーペットに五歳の息子が寝そべっている。重いため息をつき、居間を大股で横切って、息子を揺さぶった。
「ハヤト。自分の部屋で寝なさい」
 息子は薄ぼんやりと目を開け、「パパ、眠いよう」と言った。女たちはそわそわし始めた。
「ごめんなさいね、すっかり長居してしまって」
 岸本は息子を抱き上げ、子供部屋に連れていった。女たちの声を殺した話し声と、子供たちのぐずる声が居間から聞こえてきた。
 シャワーを浴びた。浴室から出て居間を覗くと、続きになったキッチンで、妻がたった一人で食器を洗っていた。こちらを見もしない。
 寝室に行き、寝転がった。眼鏡もイヤホンも外す。うとうとし始めた頃、妻が入って来て、彼女のベッドに横たわった。
「ランクには関係ない程度だけど」妻は岸本が起きているかも確かめず、言った。「ポイントが減ったわ」幸福指数のポイントだ。面倒くさくなって寝たふりを決めこんだ。妻がホームパネルの電源を入れ、番組を見始めた。その話し声の洪水が部屋に満ちると同時に妻が呟いた単語を、岸本は聞き逃さなかった。
「不幸ねえ」
 退勤直前に明日宮クグチと話したことを、なんとなく思い出した。
 岸本は、今の息子と同じくらいの頃に初めて、電磁体を与えられた。それは強い恐竜にもなった。かっこいいロボットにもなった。自分だけの友達だった。かつて子供たちが空想だけの中で持つことを許された友を、時代とACJは実際に与え得た。深い喪失感と表裏一体であることを、気付かせもせずに。
「事故だった」独り言を呟く。妻には聞こえていない。「仕方なかった」
 不幸。岸本は守護天使を失った時、自分は不幸だと思った。今は違う。妻は、自分を不幸だという。夫が帰って来て
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