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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第十話 苗川攻防戦 其の二
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皇紀五百六十八年 二月二十一日 午前第五刻 
苗川渡河点防衛陣地 独立捜索剣虎兵第十一大隊本部
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長 馬堂豊久少佐

 ――詰まる所、順調と言って良い範囲内だ。
馬堂大隊長はそう判断していた。
〈帝国〉の先遣部隊は、つい先程まで夜間渡河を強行し、凍死寸前の猟兵達は剣牙虎に追い散らされる羽目になった。おそらく半数以上は溺死か心臓麻痺が死因となっただろう。
 ――ここで博打を、それも準備不足の博打を打ったと云うことはあちらの状況が想像以上に悪く、改善の見込みがないということだ。
 馬堂少佐は思索を続ける。
 ――此処で時間を浪費している分、機動力を持った部隊の価値は上がる、迂回に騎兵を使う可能性は如何程だろうか? 主力を攻撃したいのなら胸甲騎兵を消耗したくないだろう。
だから後方からの不意討ち挟撃等の手段で優位を得た戦況以外では出来るだけ投入したくない――筈だ。もしも胸甲騎兵第三聯隊様に聯隊総吶喊されたら――
背筋に冷たい汗が流れる。
 ――あの大軍には後先考えさせないと(・・・・・・・・・)あっさり踏み潰されてしまう。取り繕ってもこの大隊は800にも満たない敗残兵にすぎないのだ。過信した瞬間に首ごと食いちぎられるに違いない。
 事実、馬堂少佐の構想は徹底的に―それこそ一個小隊を捨て駒にしてでも行った焦土戦術、地の利を活かした築陣に後方の虚構の軍勢(本来の正当な評価)、これらを総動員して敵の弱体化を行っている。

「近衛に恩を売っていなければ危険でしたな」
 代価として補給の便宜に工兵中隊の助力まで貰えたのだ。夜間伏撃による壊滅後の事務を担ってきた米山中尉の感想はまさしく正鵠を射ている。
「まぁ俺もこれでも将家の人間だからな、このくらいは鼻が利かないとやってられないのさ」
豊久の軍歴に刻まれた人務部監察課首席監察官附き副官と防諜室附の二つが主に叩き込んだ能力であった。
 ――正直な所、内地に帰還出来たとして、ほぼ確実に厄介な政争に巻き込まれるだろう。大敗し、経済的にも追い詰められた守原、手柄を挙げた皇族、育預と譜代が尻拭いをした駒城家、そしてこの〈皇国〉を侵略する〈帝国〉、厄介事以外の何の臭いがするだろうか。
 ――栄達、か。
自分の苦笑するしかなかった。
 ――いやはや救い難いな。亡国の危機に出世の臭いを嗅ぎつけるか。
 省みると中々どうして自分も俗っぽいものだ、と嗤いながら笹嶋中佐の餞別(タバコ)を取り出し、火を着ける。
「まぁ全ては三日間凌いでからの話だな」



同日 午後第二刻 苗川上流 上苗橋跡
第3東方辺境領胸甲騎兵聯隊 聯隊本部


渡河点に到着した。
対岸を見ると簡素な馬防柵が橋のあった場所の周辺に張り巡らされている。

「あの馬防柵、見た
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